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「うれしい」
自分とは体格がまるで違う眞栖人を柚木はぎゅうぎゅう抱きしめた。
首根っこに縋るみたいに、ぴったり体を重ね、無垢な笑顔を浮かべてクンクンと匂いまで嗅いだ。
「柚木、お前……俺の匂い嗅いでるのか?」
「眞栖人くんのにおい、ほっとする」
「……」
「ここ、あったかい。きもちいい。おれのばしょ。おれだけの」
「……」
「やったぁ……ずっと、ここ、いれる……うれしい」
「ッ……柚木、何やって……」
さっきまでの不安はどこへやら、嬉しくて仕方なくなった柚木は……眞栖人の首筋をペロペロした。
凹凸豊かな喉仏どころか顎まで。
しまいには耳たぶを甘噛みした。
「眞栖人くん、眞栖人くん」
(だって、だって、ここんとこ、告白されまくってた)
十七歳になって眞栖人はぐっと大人っぽさが増した。
精悍さが加わって、アルファとしての磨きがかかり、前にもまして二つの性別を問わず好意を抱かれるようになった。
(アルファ、ベータ、そしてオメガの人から告白されてた)
アルファ女子に至っては自信ありげに腕に腕を絡め、柚木の目の前で眞栖人を連れ去っていった、なんてこともあった。
(今のところ全部お断りしてきてるけど)
いつか付き合ってもいいような相手に告白されたら。
ううん、眞栖人くん自身に好きな人ができたら――。
「柚木」
柚木は眞栖人の鼻先をぺろっとした。
「きゅーーー……ん」
イヌミミをパタパタさせ、懐に潜り込むようにして彼の胸に頭を突っ込む。
ワンコ化すれば独占できるだろう、心地のいい温もりに夢中になった。
「……尻尾も生えてきそうな勢いだな」
眞栖人に抱っこされて、あやすように背中をポンポンされる。
正に夢見心地の境地だ。
柚木は目まで瞑って同級生のアルファに身も心も委ねた。
「このまま本当に柴犬になったら、それもそれで楽しそうだ」
「きゅ~~……」
「大豆よりも甘えん坊な奴」
「ふがっ……」
安心するあまり、柚木は眠たくなってきた。
眞栖人の小さな笑い声、ふかふかなイヌミミをゆっくり撫でる掌が眠気を加速させた。
「でもな、柚木」
「もっと……もっとナデナデ、ほしい……」
「俺は今のお前が一番いい」
「きゅぅぅ……もっと……ふがっ……」
「どんくさくて、掃除中に何回も花瓶を倒しそうになるわ、何もないところで転びそうになるわ」
「ふがっ」
「十七にしては初心過ぎて無駄に気を遣う」
「ぅぅぅ~……」
「だから。初心で幼稚園児以下なお前が混乱しないよう、焦らず、コッチは気長に構えるつもりでいたんだ」
「……ん……」
「でも欲望は正直なもんだった」
「……」
「夢の中で何回、お前のこと抱いてきたか」
「………………」
イヌミミが不意に萎れるみたいにぺしゃんとした。
寝かかってふがふがしていたのが、急に静かになって、不自然な沈黙が生まれた。
(……今、眞栖人くん、なんて言った……?)
精神までワンコ化しかけていた柚木だが、とんでもない言葉を鼓膜に掬い上げ、理解した瞬間、一気に目が覚めた。
(だ、だだだ、抱いてきたって、それってどーいう――)
「こんなことされたら尚更だよな」
眞栖人からもぐっと抱擁される。
力強いハグ。
彼のあたたかい懐で柚木はパチパチパチパチ瞬きした。
「わ……わぅぅ……」
自分としてはさり気ないつもりで、胸に手を突き、ハグから逃れようとしたのだが。
「まだ、ここにいろ」
そうはさせまいと、さらに抱擁に力が増して、腕の中に閉じ込められた。
「お前が完全にワンコ化する前に言っておかなきゃな」
「うっ……ぅぅぅ……」
「好きだ」
「ふぎぃっ」
「柚木とツガイになりたい」
「ひっ……ひぇぇ……」
「……お前、それもう犬の鳴き声じゃないだろ、柚木」
眞栖人に顔を覗き込まれて柚木の胸は爆ぜそうになる。
「鍋の中で茹で上がってるみたいだ」
「ッ……ッ……だ、だって……眞栖人くんがいきなり……こんな……」
「冗談じゃないからな」
「ッ……冗談って言ってもらわなきゃ……困る……だって……」
(眞栖人くんがおれのこと好き? おれとツガイになりたいって?)
嬉しい。
死ぬほど嬉しい。
ほんとはおれもどこかで夢見てた。
叶えられない夢でしかないと思ってた。
(……だけど、こんなへっぽこなおれなんかが……)
「今のお前が一番いい」
まるで胸の内を読まれたようなタイミングで繰り返された言葉。
行き場に迷っていた視線をおっかなびっくり頭上にやれば、真摯に見つめてくる黒曜石の瞳とぶつかった。
「好きだ、柚木」
「ッ……お、おれはぁ……眞栖人くんに置き去りにされると思って……」
「置き去り?」
「高二になって、眞栖人くん、いっぱい告白されるようになって……すごいときとか一日に三回なんてあったし……だから……いつか誰かと付き合うのかなって……好きな人ができるのかなって――」
台詞の途中で柚木はかたまった。
眞栖人にキスされた。
ふかふかなイヌミミの片方に。
「いるよ、ずっと好きな奴は。高校の入学式初日に制服汚して悪目立ちしてたオメガ。飼い主とはぐれた犬を保護して探し回ってた」
「ぅぅ……それ、おれぇ……」
「そうだ。さっきから何度も言ってるだろ」
イヌミミに頬擦りされて柚木はぎゅっと目を閉じた。
「毛が生えてて聞こえづらいのか。好きだぞ、柚木。最初に会ったときから惚れてる」
「ッ……聞こえてるッ、バッチリ聞こえてるからッ……うるさいッ」
「お前な。やっとの思いでした告白をうるさいって、人の心がないのかよ」
「ぅぅぅぅ……!」
柚木は改めて眞栖人に委ねた。
身も心も、全部捧げた。
「おれも……おれも好き……一番好き……」
愛犬の大豆が見守る中、お互いをハグし合った。
「もしも俺が犬になったら全力で世話しろよ」
「する……毎日イイコイイコして、全力で可愛がる……」
「それもそれで悪くないな」
「だめ……ワンコ化しないで……今の眞栖人くんがいい……ずっと」
置き去りにされるかもしれない心細さや寂しさ、不安によってイヌミミは生まれたのか。
眞栖人の腕の中でいつの間にかソレは消えていた。
「寂しくてワンコ化しそうになるとか、可愛げしかないだろ」
「好きでワンコ化しかけたわけじゃないっ」
「寂しい思いさせて悪かった」
「ッ……べ、別に寂しかったわけじゃない、平気、何とも思ってない」
「明日の放課後、どこか遊びにいくか」
「大豆連れてぞうさん公園がいいっ」
眞栖人は笑う。
柚木も笑った。
ツガイになると約束した十七歳の二人は、生まれて初めて運命のキスをした。
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