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1-1-眞栖人くんとイヌミミ柚木/パラレル【シバイヌバース】番外編

朝、目覚めた瞬間、何やら頭部に覚える違和感に柚木は困惑した――。 「本当に頭から生えてるんだな」 「いたたッ、引っ張んなぁ~」 「大豆とお揃いだ」 「わふっ」 「ほら、大豆がお前のこと弟扱いしてるぞ」 「おっ、おれの方がお兄ちゃんだし!?」 そこは柚木宅のリビングだった。 姉は大学、両親は仕事に出かけており、学校を休んでパジャマ姿の柚木はこどもみたいに半べそをかく。 「お、起きたらこんなワンコの耳が生えてて、夢かと思ったら夢じゃないし、おれもうどうしたらいいのか……うぇぇ……」 水玉パジャマでべそべそしている柚木の頭には紛れもないイヌミミが生えていた。 ふわふわの黒い三角耳。 リビングをうろちょろしている黒柴の大豆と確かにお揃いだった。 「このイヌミミいつかとれるかなぁ!? 明日起きたらなくなってないかな!?」 大豆専用ケージのそばに座り込み、必死の形相をした柚木が問いかければ、向かい側にあぐらをかいて座っていたクラスメートの眞栖人は。 「ふ……っ」 「ちょ!? 笑うなぁ! 人の不幸を笑ってんじゃなぃぃい!」 「ふは……」 堪えきれないといった風に笑う友達に柚木は憤怒した。 (ひどい、おれはガチで困ってんのに!) ちなみに今は正午過ぎだった。 グレンチェック柄のズボン、パーカーにブレザーを羽織った眞栖人は、昼休みに入るなり学校を勝手に早退して柚木宅を訪れていた。 (まぁ、おれのメールに応えてわざわざ来てくれたんだけど) 家族とはドア越しに対応してイヌミミ発生を隠していた柚木。 でも不安で居ても立ってもいられず、一番頼りになる友達・眞栖人にだけメールして緊急事態を伝えた。 ――おれの頭にワンコの耳はえてきちゃった!! ――寝惚けてるのか、まだ夢の中か、お前 ――どうしようどうしようどうしようどうしようどうし ――落ち着け 「まぁ落ち着けよ、延々とてんぱってたら解決するものも解決しない」 大豆をひっしとハグして不安を紛らわせていた柚木はパチパチ瞬きする。 柚木はオメガ性、眞栖人はアルファ性だった。 でも友達になった。 眞栖人は「第二の性」関係なしに誰とも分け隔てなく普通に接する。 周りに流されないで自由気ままにオールを切る。 「食事はとったのか。お前の好きな天むす、買ってきたぞ」 へっぽこな自分を揶揄うノリで何気なくリードしてくれる眞栖人のことを柚木は誰よりも信頼していた。 「ぅぅ……天むす、おいしい……」 「大豆が狙ってる」 「大豆は食べちゃだめ。自分のごはん、食べよーね」 「わぅぅ~っ」 小さい頃からの好物を食べて、やや落ち着いた柚木。 天むすを三つ平らげ、持参のペットボトルの水をあっという間に飲み干した眞栖人と改めて向かい合った。 「ごちそうさま、でした、ありがとです」 「千円」 「え!? 高!」 「ツケにしておいてやる」 奇異なものを見るような目つきではない、むしろいつになく柔らかな黒曜石の眼差しに柚木はちょっとばっかし視線を捕らわれた。 (珍しいな、眞栖人くんのこんな目) ……いや、でも見たことがあるような気もする。 ……あれだ、大豆見るときと同じ顔なんだ。 「おれ柴犬じゃないんですけど!? 人ですけど!!」 「いきなりキレるな、面白いから」 「ううぅぅ~!」 「尻尾は生えてないのか?」 「尻尾生えてないよ!」 「明日生えてくるかもな」 「ううぅぅ~~~~!!」 茶化される度に反射的に唸っている自分に気づいた柚木、はたと両手で口を押さえた。 「おれ、明日になったら完全に柴犬になってるかも」 どうしよう。 おれの何もかも、まるっとワンコ化したら……!! 「が、学校行けなくなるし、人の言葉話せなくなるかも、い、色々忘れちゃってガチのワンコになっちゃうかも、自分が柚木歩詩だってことすら忘れるかも……ぅぅっ……いやだ……寂しい……」 再び不安が暴走して柚木はボロボロと涙した。 「きゅ~~~……」 鳴いたのは柚木だった。 大豆とそっくりの鳴き声だった。 「そうなったら俺が引き取ってやる」 泣きべそをかく柚木に呆れるでもなく、そばに近づいた眞栖人は、その頭を両手で撫でた。 「食事に散歩にシャンプー、抜け毛対策、俺が直々にしっかり世話してやるよ」 「ぅぅ~……ドッグフード、いいやつ、くれる?」 「店で一番高いやつ」 「や……やったぁ……」 「散歩も柚木の気が済むまでとことん付き合う」 「わぅぅ……ぞうさん公園がいい……あそこ大豆も好きだから」 「みんなで一緒に行こう」 大きな両手に顔を挟み込まれ、掌全体でほっぺたまで撫でられて、柚木は無意識に「……くぅぅ……」と、今までと違う吐息を洩らした。 「だから安心しろ。絶対、寂しい思いなんかさせない」 指先で涙を拭われて、眞栖人に笑いかけられて、柚木はまたパチパチ瞬きする。 「眞栖人くんがおれのこと拾ってくれるの?」 「そうだ」 「おもちゃくれる?」 「やる、たくさん」 「ずっと一緒にいてくれる?」 眞栖人は頷いた。 (眞栖人くんのこと、ひとりじめ、できる) それならワンコになってもいいかもしれない。 教室だと、みんなに話しかけられて、頼りにされて、いつも誰かにとられるから。 (おれだけの眞栖人くんになる) 柚木は眞栖人に思いきり抱きついた。 普段は広い背中や腕にしがみついたりと、くっつくことは多々あるが、こうも大胆に真正面から密着するのは初めてだった。 イヌミミが生えたのを皮切りに、ワンコの性質が徐々に現れ出しているようだ……。

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