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Chapter 19―3

〈H Side〉 これで最後か―――と、椿山ヒカルは心の中で感慨深く思った。もしかすると偶然出会う事もあるかもしれないが、その時は違う人物としてだろう。 「なぜ、庇ったんですか?」 やけに苦しそうな顔をして、村上武智が問う。 いや、何だ、その顔は―――と、ヒカルは内心で首を傾げた。庇われた事が不服なのか。ヒカルに怪我を負わせた罪悪感か。 大体、改めて理由を聞かれても、衝動的な行動を説明はしずらい。 「何でって。知り合いが撃たれそうになってたら、普通は庇うでしょ?」 「庇いません。」 「え?」 「普通、庇いません。」 村上がキッパリと言い放つ。 自信満々だが、村上が逆の状況であったら、庇わないとは思えない。 ―――何を意固地になって。 ヒカルが呆れて思うと、違う―――と、村上が首を横に振る。 「もちろん助けますよ。でも、庇うのではなくて、突き飛ばす方が自然でしょう。」 「そんな事、言われても。咄嗟に、」 ヒカルは答えながら、呆然となった。 確かに村上の言う通りじゃないか。 守る対象が子供や老人ではないのだから、突き飛ばす方が簡単だったろう。庇う方が格段に負傷する確率が高いのだ。 それを今、村上に指摘されるまで、疑問にも思ってなかった。 ―――だって、 庇う事しか思い付かなかった。 喜原遼基の部下が持つ銃が、村上を狙っていると分かった瞬間の焦燥が蘇る。 守らねば―――と、思った。 無我夢中で、冷静な判断などできなかった。 馬鹿な。 馬鹿だ。 ―――まさか、このオレが。 ぐしゃっと顔が歪む。 そんな顔を武智に見られる訳にはいかず、ヒカルはうつ向き顔を片手で覆った。 「ヒカルさん。」 ふわりと壊れ物のように抱き締められた。村上の着ているシャツが頬に触れる。散々肌を見せ合ってきたが、こんな触れ方は初めてだ。 村上から向けられる気持ちが本気なのだと分かってしまう。 やめて欲しい。 知りたくなどない。 「オレの事、好きですか?」 村上が慰めるように聞いてくる。 好きだと言うのは簡単だ。 嘘でも、真実でも。 しかし、今、ここで告げる意味は見出だせない。 何も言えずにヒカルが押し黙ると、村上がか細く息を吐く。 「社長の次くらいには、オレを好きでいてくれてますか?」 さっきは自信ありげな問いかけだったのに、急に健気な事を言う。 おかしくなって、ぷぷっ―――と、ヒカルは吹き出した。じわっと目に涙が滲む。 「ここで、笑いますか?」 村上が情けない声を出す。 ヒカルがグッと胸を押すと、二人の体が離れた。無くなる温度に肌寒さを感じる。 嫌だ―――と、思った。 「――――よ。」 「え!?今、何て―――」 「面会時間は終わりですよ~。」 間延びした呑気な声に遮られた。 病室の入り口を見ると、やたらとマッチョな男がおり、ズカズカと乱入してくる。看護服を来ているから、当然看護師だろう。 「椿山さん、お目覚めですね。」 看護師はヒカルへ笑いかけると、村上をギロッと睨み付けた。 「起きたら、ナースコールしてくださいよ。それに、あなた、いつまで居座るつもりですか。」 頬をひきつらせる村上に向かって、看護師がズバズバと言い放つ。知り合いらしい。 「ま、待って、羽山さん、もう少しだけ!話を、」 「ダメです。出て行ってください。」 看護師に首根っこを掴まれて、猫のように追い出される村上を、ヒカルは腹を抱えて笑った。拍子に、撃たれた傷がキリリッと痛む。 ヒカルは涙目になり呻きながら、ドアの陰へ村上を見送った。 ―――ばいばい、村上武智。 ―――ばいばい、椿山ヒカル。

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