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Chapter 22―1

〈A side〉 藤森の柔和な笑顔に見送られ、雨宮奏生《あまみやかない》は警視総監室から出た。あの紳士然とした笑顔が曲者だ。 実際には、動揺する奏生の反応を見て楽しんでいるに違いない。 ―――全く、あの人は。 奏生が苛立ちまかせに廊下を早足で歩くと、慌てたように後ろから東城克成が着いてくる気配がする。 舌打ちしたいのを我慢して、奏生はエレベーターのボタンを押した。 この階で止まっていたらしく、間を置かずすぐにドアが開く。東城が続いて乗り込むと、奏生は振り返らずに声をかけた。 「東城、5階?」 「え―――、あ、はい。」 エレベーターに乗り、奏生が5階と1階のボタンを叩くように押すと、ゆっくりとドアが閉まる。 東城と無音の密室にふたりきりになってしまった訳だ。 気まずいし、有り得ないし、逃げ出したい。 「あの、ヒ―――雨宮さん。」 ヒカル―――と呼びかけたのだろう。 不自然な間が開いた後に、東城が奏生を名字で言い直す。 東城からすれば、聞きたい事ばかりの筈だ。しかし、のんびりと話に花を咲かせている時間はない。質問をされる前に、奏生は口を開いた。 「打ち合わせは後日にしよう。早めに電話をするから、今の仕事を―――」 「ケガは大丈夫ですか?」 思ってもみなかった言葉が降ってきて、奏生は咄嗟に振り返った。 再会して始めて、東城と目が合う。視線が絡まり、その変わらぬ熱に皮膚が粟立った。 「病院で、診てもらってますか?」 心配でならない―――そんな顔を見せられ、奏生の胸が軋む。 ―――だから、嫌だったんだよ。 「雨宮さん?」 返事をしない奏生に、東城が足を一歩前に出す。近くなった距離に息が詰まる。 東城に動揺を悟られまいと、奏生は努めて平淡な声を出した。 「―――知り合いの病院で診てもらってる。」 「そうですか。良かったです。」 安心したように東城が目元を緩めると、ちょうどエレベーターが止まった。 ―――5階だ。 公安課はここだ。 東城に背を向けて、奏生は開くのボタンを押した。動こうとしない東城を見ると、降りるのを迷うようにエレベーターの外と奏生を交互に見る。 「雨宮さんは、」 「オレは1階。」 降りるように奏生が目で促すと、東城が一瞬だけ傷付いたような顔をする。 「話がしたいです。」 東城がそう言って、奏生の手を握る。 触れた肌の熱さに目眩がした。 どうしようもなく懐かしいと感じてしまう。 ―――忘れられる筈だったのに。 「東城。明日、連絡する。」 気を抜けば揺れそうになる声で奏生は言うと、東城の一回り大きな手を解いた。

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