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Chapter 21―3

これまで恋愛にしても、人間関係にしても、まあまあ上手く割り切って生きてきたので、克成は自分を切り替えの早い性格だと思っていた。大抵の事は飲み込めるし、何かひとつを思い悩み続けた経験はない。 しかし、今―――。 ヒカルの存在が海底に根を生やした珊瑚のように、克成の胸の奥に鮮やかに居座っている。 意外と女々しい性格だったらしい。 このような状態でまともに潜入捜査ができるとも思えず、まだ時間が欲しいのが本音だ。克成に拒否権があるならばの話だが。 コンコン―――と、総監室のドアをノックをした。 ここに来たのは、公安に配属になった時以来だから、1年半以上前の事になる。 その際には赤石もいたから、1人で対面するのは今回が始めてだ。 ―――どんな方なのだろうか。 庁内職員の間で、総監である藤森の評判は概ね高い。 46歳の若さでその地位にいるエリートの中のエリート。政治家などとの癒着や警察内部の不正を嫌い、正義感溢れる人物。厳しい面ももちろんあるが、声を上げるような事はなく、落ち着いた対応をする人である。 そう、噂されている。 どうぞ―――という、落ち着いた声が向こうから聞こえ、克成はドアノブを回した。 「失礼しま―――、」 声をかけながら室内に入った所で、克成は目を見開いた。片足を前に出した不自然な格好のままで固まる。 克成の視線の先には二人の男がいた。 総監席に座っているのが藤森で、もうひとりは場違いにラフな格好で、客用ソファに座り黙々と何かを食べている。 たい焼きだ。 中身が黒ではなく黄色という事は、クリームだろうか。チーズという可能性も―――いや、何味だろうが、どうでもいい。 こちらに目すら向けずにたい焼きを貪る人物は、どう見てもヒカルだった。 ―――あなたが。 「何故、ここに―――。」 ヒカルの本当の名を知らずに克成が言い淀むと、藤森の声に遮られた。 「済まないが。先に、ドアを閉めてくれないか。」 「あ―――、失礼しました。」 全開のドアを慌てて閉めて、克成は大股で急ぎ歩み出た。藤森の前に立ちつつも、ヒカルの存在を左半身で感じて落ち着かない。 「前回の任務で、雨宮と一緒になったと聞いた。おつかれさま。」 「あり、がとうございます。」 藤森の労いの言葉に、克成は頭を下げた。 『雨宮』というのが、ヒカルの本名であるらしい。総監室にいるという事は、警察組織の人間なのだろう。身内だとは思いもしていなかった。 「次の任務で、二人にはペアを組んでもらいたい。」 前置きもなく落とされた言葉に、はっと克成は息を飲んだ。驚く克成を置いて、藤森は淡々と話を続ける。 「任務の内容は、雨宮に話してある。今後は彼に指示を仰ぐように。この任務の事は誰にも―――、直属の上司にも話さぬように頼むよ。」 「分かりました。」 克成が了承を伝えると、藤森の視線がスイッと横に流れる。それに釣られて克成も顔を動かし、雨宮を見た。 「雨宮、やってくれるな?」 藤森に問われ、雨宮が片眉を上げて不満を露にする。克成とペアを組むのが嫌なのか、任務自体が気にくわないのか。 「分かりました。」 はぁ―――と、諦めの溜め息を吐く。雨宮は不機嫌な顔のまま頷いた。

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