62 / 69

Chapter 21―2

復帰して1週間になるが、克成は未だ現場に出れていなかった。本来なら2、3日で戻る筈だったのだが、ずっとデスクワークに掛かりっきりだ。 椿山ヒカルを忘れようと、がむしゃらに書類整理に打ち込んだのがいけなかった。 同僚からは『事務職人の東城』と呼ばれ始め、班内の書類仕事を押し付けられ続けていた。 今も克成の机の上には、崩れそうなほどに積まれた書類たちが、多大なる威圧感を放ちながらどっしりと鎮座している。 ―――気が遠くなるな。 長時間、液晶画面とにらめっこしていたが、集中力が途切れた。 克成が休憩にしようかと思った時、 「東城。」 赤石に地面に沈みそうな重い声で名を呼ばれた。目が合うと、来い来いとこちらへ手招きする。 出した小銭を戻してデスクの前に立つと、赤石に無言でじいっと睨まれた。苦虫を噛みしめたような顔とは、こんな顔か。 「何です?報告書なら今、書いてますが。」 「総監がお呼びよ。」 ザワッ―――と、室内が揺れる。 克成も驚いた。 総監自らヒラ個人を呼びつける事など、今までに1度もなかったからだ。 「あんた。いったい、何やらかしたのよ?」 「いや、何もしてない―――、と思います。」 いまいち自信がなく、消えそうな声量になった。 「総監が直々に電話して呼び出してるのよ。何もしてない訳がないでしょう。」 「そんな事、言われても。」 復帰してから書類整理しかしていないのだから、心当たりはない。克成の書類にひどいミスがあったとしても、呼び出されるのは班長の赤石だ。 だから、用件には見当もつかない。 「とにかく、そのアホ面どうにかしてから、行きなさい。」 ―――アホ面って。 ひどい言葉遣いだ。 克成がこの部署に配属された最初から乱雑ではあったが、どんどん酷くなっていっている気がする。 赤石に春は遠いな―――と、失礼な事を考える。もしも口に出せば、結婚なんてお断りだと返されるだろう。 克成の心の声が聞こえたようなタイミングで、ギリッと赤石が目を尖らせる。 できるだけ平素の顔を保ちながら克成が首を傾げると、赤石にニヤリとサディスティックな笑みを返された。 何をされるのかと、身構える。 「もしかすると特別任務とかで、また潜入させられるかもね。」 赤石の不吉な予言に、克成は背筋を震わせた。

ともだちにシェアしよう!