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Chapter 21―2
復帰して1週間になるが、克成は未だ現場に出れていなかった。本来なら2、3日で戻る筈だったのだが、ずっとデスクワークに掛かりっきりだ。
椿山ヒカルを忘れようと、がむしゃらに書類整理に打ち込んだのがいけなかった。
同僚からは『事務職人の東城』と呼ばれ始め、班内の書類仕事を押し付けられ続けていた。
今も克成の机の上には、崩れそうなほどに積まれた書類たちが、多大なる威圧感を放ちながらどっしりと鎮座している。
―――気が遠くなるな。
長時間、液晶画面とにらめっこしていたが、集中力が途切れた。
克成が休憩にしようかと思った時、
「東城。」
赤石に地面に沈みそうな重い声で名を呼ばれた。目が合うと、来い来いとこちらへ手招きする。
出した小銭を戻してデスクの前に立つと、赤石に無言でじいっと睨まれた。苦虫を噛みしめたような顔とは、こんな顔か。
「何です?報告書なら今、書いてますが。」
「総監がお呼びよ。」
ザワッ―――と、室内が揺れる。
克成も驚いた。
総監自らヒラ個人を呼びつける事など、今までに1度もなかったからだ。
「あんた。いったい、何やらかしたのよ?」
「いや、何もしてない―――、と思います。」
いまいち自信がなく、消えそうな声量になった。
「総監が直々に電話して呼び出してるのよ。何もしてない訳がないでしょう。」
「そんな事、言われても。」
復帰してから書類整理しかしていないのだから、心当たりはない。克成の書類にひどいミスがあったとしても、呼び出されるのは班長の赤石だ。
だから、用件には見当もつかない。
「とにかく、そのアホ面どうにかしてから、行きなさい。」
―――アホ面って。
ひどい言葉遣いだ。
克成がこの部署に配属された最初から乱雑ではあったが、どんどん酷くなっていっている気がする。
赤石に春は遠いな―――と、失礼な事を考える。もしも口に出せば、結婚なんてお断りだと返されるだろう。
克成の心の声が聞こえたようなタイミングで、ギリッと赤石が目を尖らせる。
できるだけ平素の顔を保ちながら克成が首を傾げると、赤石にニヤリとサディスティックな笑みを返された。
何をされるのかと、身構える。
「もしかすると特別任務とかで、また潜入させられるかもね。」
赤石の不吉な予言に、克成は背筋を震わせた。
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