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Chapter 21―1

『村上武智』が消えた。 それは、もう呆気なく。 元の住居に戻れば、潜入期間の事は一気に現実味を失い、全てが幻だったかのような錯覚に陥った。―――かのようだったが、そう簡単に忘れられる事ではなかったようだ。 ふとした時にありありと甦り、ひとりで抱えるには堪えがたいほどの苦痛をもたらした。 こうして、3日間のオフをもがいて過ごし、今日からが刑事としての復帰初日となるのだが―――。 東城克成《とうじょうかつなり》がエレベーター前にぼんやり立っていると、後ろからハスキーな女性のの声が自分の名を呼んだ。 「東城、おはよう。」 克成がゆっくり振り返ると、由佳里改め、赤石夏海《あかいしなつみ》がいた。 ほぼノーメイクでショートカット、黒のパンツスーツといった姿だ。いつも通りの女性らしさの破片もない。『由佳里』の時とは全然違う赤石に、何故かホッとなる。 「おはようございます、赤石さん。」 「髮、切ったのね。それにしては、冴えない顔。」 赤石から指摘されて、克成は反射的に短くなった髮を撫でた。 ザリッ―――と、短い髪の毛が指に当たる。この触り心地はあまり好きではない。 「無事に任務終了したんだから、もっと喜びなさいよ。」 「はぁ。」 「あ~あ、重症ね。」 赤石が呆れたように言うと、エレベーターの扉が開き、二人して乗り込んだ。他に乗客はいない。 「5階でいいですか?」 「ええ。」 公安課のある5階のボタンを押すと、克成は1つずつ上がっていく数字を目で追った。すぐに5まで行くとエレベーターのドアが開き、赤石に続いて降りる。 速い―――と、違和感があった。 『キハラホーム』の時がいつも8階だったからだ。やはり感覚が抜けきっていないのだろう。 赤石がくるりと振り返り、ぼんやりしていた克成は焦って足を止めた。 「東城、あんたね。今日からまた仕事なんだから、ナメクジみたいになってないで、シャキッとなさい。」 「ナメクジって。」 酷い言われようだ。 確かに、割り切れていないのは事実なのだが、普通なら触れにくい事をグサグサと遠慮なく刺してくる。 克成が言い返せずに頬をひきつらせると、赤石が上機嫌に笑う。人がグジグジしているのが余程嬉しいらしい。 鬼畜な上司だ。 「きっと呪いね。東城に捨てられた女の子たちの呪い。今まで、適当に遊んできたツケが回ってきたんじゃないの?」 「遊んでませんて。」 「嘘ばかり。ほら、行くわよ。やる事、山ほどあるんだからね。」 バシッ―――と、赤石に背中を叩かれ、克成は曲がっていた背筋を強制的に伸ばされた。

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