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最終話 最強の猟犬様と血統書付きの仔犬ちゃん
希望は猟犬ではない。
しかし、この度番犬のお仕事することになった、とライは報告を受けた。
やたら発育のいい胸を張った希望が、得意げに報告してきたのだ。
ライは意味がわからなかった。
――ばんけん? ……まさか、番犬のこと言ってる?
一瞬『ばんけん』という言葉さえうまく変換できずに、少し考えてしまった。
「…………なんで?」
「なんでって何? 由緒正しき血統書付きの優秀な仔犬だからですけど?!」
「お前みたいなのが何をどうやって守るんだよ。自分の尻尾も守れないのに」
「はああ??? 今まで立派に守ってきましたけど?!?!」
「……………………へえ」
ライはその後、本当に希望が尻尾を守れるかどうか試した。
尻尾も耳も、ぷくりとした胸の突起も、ぷりっと丸いお尻も守れなかった希望が泣いて懇願するまでいじめ倒して、しっかりと分からせた。
お前に守れるものなんて何もない。図に乗るな、と。
しかし、ライは考える。
希望が嘘を言うはずはないが、だからこそ不可思議なことだった。
番犬というのは、特殊な仕事だった。
基地の門前をはじめ、各重要施設の入り口の警護には必ずいる番犬。
当然、『この先、一歩も通さない』という強さ、そして危険な存在を見抜く洞察力が求められる。ないだろ、そんなもん。この生意気な仔犬に。
また、門前に立つ以上、見た目の凛々しさと美しさも必要という点において、猟犬とはまた違った適性を求められる仕事だった。
希望の容貌ならば、確かに適性はあるだろう。見た目だけならな。
そういう特殊な仕事ではあったが、ライも過去に一度やらされたことがある。
だが、それっきり二度と呼ばれなかった。
珍しくライに問題はなかった。
ただ、ライを一目見て立ち止まったまま動かなくなる者や毎日のように通い詰める者、更には近づき過ぎて取り押さえられる者など、とにかく寄ってたかって何でも集まり過ぎてしまった。ついには業務に支障が出始めたのだ。
ライが唯一、配属禁止を言い渡された部署だと言えよう。
『ライくんは悪くないんだ……いや、ほんとに、今回は何も悪くないんだが……』
と隊長の猟犬はしきりに繰り返した。
ライには心底どうでも良かった。
しかし、希望がやるとなると話が変わる。あんな派手な顔と身体ではどう考えても番犬なんか無理だ。
致し方ないので、ライは自分で確認した。
確認したところ、希望が言う番犬は、ライが考えていた方の番犬ではなかった。
ああ、あっちの方か、とライはすんなり納得した。
猟犬にはなれなかったが志の高く、やる気が有り余って、見目麗しい名家のご子息の為の仕事。
〝基地の中の〟施設の番犬だった。
話を聞いて、じゃあいいや、とライは担当者の胸倉を離した。
***
希望が〝番犬〟の初任務に挑むその日の夕方、ライは帰還した。
希望の様子を見に行くという目的のためだけに、2時間早く仕事終わらせることなどライには造作もない。
しかしながら、不運にも任務に同行した猟犬達は片っ端から過重労働で倒れた。若き猟犬のエースである希美は最後まで喰らいついて意地を見せたが、まだ『最強』の猟犬には及ばなかった。
もはや一言物申す力しか残されていない。
「そんなに気になるなら最初から休みにすりゃ良かったじゃん!!」
しかし、そんな渾身の叫びも、ライには響かなかった。
***
希望は聖歌隊に所属している。
それに関係して、神殿の門前で番犬の任務についているらしい。
基地の中の施設とはいえ、ライは式典に関わること自体が稀なので、神殿周辺に足を運ぶのは希望を迎えに行く時くらいだった。
しかし、すでにライと希望の仲を知らない者はない。
軍本部周辺ならばライを見かければ尻尾を丸めて目を逸らすが、神殿周辺にあるのは仔犬達の教育施設がほとんどだ。
あまり深い事情を知らないが、二人のことは知っている汚れなき仔犬達は「希望くんの猟犬様、また来てるなぁ」とキラキラした眼差しをライに向ける。
ライには心底どうでもいいことなので、真っ直ぐ神殿へと向かった。
希望は、門前に立っていた。
初任務だというのに、気疲れした様子はない。むしろ、どこか得意気に、胸を張っている。
ライの神経を逆なでするような、凛々しく勇ましい姿だった。
生意気な顔だな、と眺めていたが、希望は急にパッと表情を明るくした。
知り合いが前を通ったらしく、にこにこ笑って手を振っている。相手の仔犬達も「頑張ってー」「かっこいいー」と声をかける。
任務中に。
「………………」
次は医務室の医師だ。神殿の門をくぐる際に希望に声をかけると、希望は一段と瞳を輝かせた。尻尾をぶんぶんと振り切れそうな勢いで振っている。そのまま、門の中に入っていく医師に付き添っていった。
任務中に。
少ししたら帰ってきた。
「……………………」
その次も、その次も、その次も。
希望は尻尾を振り、手を振り、笑顔を振り撒いている。
任務中に。
よそ見どころではない。
「…………………………?」
しばらく眺めてから、ライは首を傾げた。
――……ばんけんって何だっけ?
ライが知っている『番犬』とあまりにもかけ離れた姿に、ライの優秀な頭脳の動きが鈍った。
珍しく無防備になったライの気配を感じ取って、希望はびくりと肩を震わせた。
この距離で気付くようになったのか、とライは感心した。
希望はキョロキョロと周りを見回している。ライがあえて姿を見せるようにして近付くと、希望は今までで一番瞳を輝かせた。
「ライさん! どうしたの?」
そして、迷うことなく駆け寄ってきた。
――うわっ、持ち場離れやがった。
駆け寄ってきた希望の尻尾がふりふりと揺れ、キラキラと瞳が輝く。
――任務はどうした、ばんけん……ばんけん……? これ?
希望はとろける蜂蜜のような目でライを見つめている。金色の瞳の星のような輝きが、バシバシとライにぶつかって砕け散る。
ふりふり。キラキラ。にこにこ。
「……………………」
――……まあどうでもいいか……。
ライの頭脳は機能を回復した。
希望が番犬だろうがなんだろうが、ライは何一つ困らないと気付いたのだ。
それより、誰にでも尻尾を振っておいて、この甘えた顔はなんだ、首輪でもつけてやろうか、という物騒な考えが頭を埋め尽くす。
じっと睨むライの視線の意味には気付かず、希望はもじもじと恥ずかしそうに身体をくねらせる。
「あのぉ、ライさん……?」
希望は頬を染め、ライを見つめた。
「今日、お部屋行ってもいいですかぁ……?」
うるうるきらきら。もじもじ。
たっぷりと潤んだ上目遣いが、ライの気に障った。
ライの表情が苛立ちで僅かに歪む。
やっぱり、首輪つけるか、と。
***
ライの膝の上で、希望は鼻歌を歌ってご機嫌だった。ライは肘を立てて頬杖をし、その様子をじっと眺めている。
希望はよっぽど楽しいのか、ふんすふんすっと興奮している。高まる希望のテンションに合わせて、ふわふわの金尾がライにバシバシ当たる。
希望の手元には、ブラシとオイル、そしてライの尻尾が握られていた。希望がブラシで撫でる度に、真っ黒な尻尾が、艷やかになっていく。
何故か希望の肌艶毛並みまで良くなっている。
なんでお前まで?
ライがじっと見ていると、不意に希望が気付いた。
気付いた瞬間、あれだけ荒ぶっていた尻尾が、ばさっ……と静かに落ちていった。
なんて感情表現豊かな尻尾だろうか。これで猟犬に憧れているなどとは、片腹痛い。
無防備な表情が可笑しくて、ライは少し笑った。
「楽しい?」
「ふぁっ…ふぁい……」
声も耳も尻尾も、ぷるぷると震えている。瞳は恥ずかしさでみるみる潤んでいく。
はっ、とライはまた笑った。
おもむろに希望の顎の下に手を添え、擽るように撫でる。
希望は怯えながらも、心地良さに勝てず目を細める。ぷるぷると気持ち良さそうに震えて、はぁ、と吐息を零した。
***
『俺もライさんになにかしてあげたい』
退院したばかりの希望がそう言い出したので、ライは好きにさせている。
だが、正直なところ、最初に言われた時は意味がわからなかった。
「抱かせろってこと?」
「えっ」
希望は目を丸くした後、真剣な表情で数秒ほど考え込んでいた。それから、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、それはちょっと、解釈違いですね……」
と、重々しく断ってきた。何の解釈? 人生の?
「じゃあなんだよ」とライが問うと、希望はまた考え始めた。どうやら具体的に何をしたいのかまでは決めていなかったらしい。浅はかにもほどがある。
しばらく考えた後、希望は頬を赤らめて、勝手に照れると、「なんでもないです」と小さな声で答えた。
ライは最強の猟犬である。希望がどう見ても「何でもない」という顔をしていないことも、ライの尻尾に目を向けたことも、見逃さなかった。
希望は今も、ちらちらとライの尻尾に視線を向けている。尻尾をじっと見つめては照れて、いやいやいや、と首を振る。それを繰り返す。鬱陶しい。殴りたい。
今までのライなら、放っておいただろう。何も言わないならそれで構わない。希望が何を考えてようが、誰を想おうが、逃しはしない、と。
しかし、ライは学習能力の高い猟犬である。「こいつ黙らしておくとろくなことにならない」ということはもう十分すぎるほど解っていた。
「何でもないわけねぇだろ。言え」
「……だって、断られたら傷つくもん」
「断るかどうか決めるのは俺だろうが」
「…………」
しばらくして、希望はようやく口を開いた。
「……尻尾……毛繕いさせて……?」
ライは首を傾げたが、頷いた。
それと、『尻尾の毛繕い』でいったい何を想像して赤くなっていたのか非常に気になったので、その後じっくり責め立てた。
――しかし、まあ、なるほど。
希望がやりたいということを好きなようにやらせてみてライは気付いた。
与えられれば確かに何でも喜ぶ男だが、それ以上に与えたいのだろうということが。
ライにとって尻尾の手入れは最低限で良くて、希望のように丹念な手入れなど必要ではなかった。それでも希望は『ライさんになにかしてあげたい』という欲求が満たされているようだ。
――そんなことでいいのか。
それで満足するのか、とライは拍子抜けした。
希望が望むのは、ライが持たないものばかりだと思っていたのに。
好きなようにやらせて調子に乗った希望は生意気すぎて鬱陶しいこともある。
けれど、今までのように黙ったまま溜め込んで、夜中に魘されて泣くのを宥めることになるよりはマシだった。
あれから希望は、夜中に泣いていない。
***
「あ、あのねライさん!」
ライが情事後のシャワーから戻ると、気を失っているとばかり思っていた希望が起きていた。
「……起きてんなら自分でシャワー浴びてこい」
「やっぱりデートいきたい!」
「……あ?」
希望がライを真っ直ぐ見つめる。決意を秘めたような強い眼差しは、潤んで、ライを捉える。
「ユキさんと希美が楽しそうだったから、俺も行きたい!」
――……急に何だ? デジャブ?
以前もあったような言葉と光景に、ライは溜息をついた。
「だから、行けば?」
「……っ」
強い眼差しが潤んで揺れて、傷ついたように眉を寄せる。尻尾がぽてん、とベッドに落ちて、希望はしょぼんと項垂れてしまった。
本当に意味がわからない。
何度同じことを繰り返す気だ。
「何で他の男と出かけるのをわざわざ報告するんだよ」
「…………はい?」
希望は顔を上げたが、ライは煙草を取り出して火をつけようとしていた。希望を見ていれば、ぽかんと口を開けた、間抜けな表情で首を傾げる様が見れただろう。
しかし、ライは見ていなかったので、苛立ちと呆れを隠さず続けた。
「よく俺の前で他の男の話ができるな。どういう神経してんだ」
「待った!」
「あ?」
希望の制止に、ライは火をつけそこなった煙草を銜えたまま振り返る。
希望は片手を額にあて、珍しく難しい顔をして、眉をぎゅっと寄せていた。少しして、希望は再び顔を上げた。
「……ライさん、俺が誰とデート行こうとしてると思ってる?」
「希美とユキ」
「なんでだよ!!!」
「は?」
希望がベッドの上に立ち上がった。ライを睨み、力いっぱい叫ぶ。
「何でふたりのラブラブデートに俺が乱入すると思うの! しねぇよ! 図々しいにも程がある!!」
「お前は充分図々しい男だよ。自信を持て」
「うるせぇ! 違うんだってば!」
「……?」
ライが訝しげに眉を寄せる。
「俺はライさんとデートに行きたいの!!」
「は?」
今度はライが考える番だった。
ライはゆっくりと首を右に傾げる。
叫んだせいで呼吸を乱す希望をしばし眺め、今度は左に傾げる。
「……? ……なんで?」
「な、なんで?!」
希望は目を真ん丸くした。あんなに考えていたくせに、そんな答えが返ってくるとは思わなかったのだ。
「好きな人とデートしたいというごくごくありふれた可愛らしい願いに対して『なんで?』って聞き返すことある!?」
「自分で可愛らしいとか言うなよ」
「うぅぅるせえ!! とにかく行きたいの! デート! デートしたいの! デートして! デートしてくんなきゃいやだ!!」
デートしろぉ!! と希望はベッドの上で転がって、駄々を捏ねる仔犬のように暴れた。
キャンキャン吠える希望を眺めながら、ライはようやく煙草に火をつけた。希望の声を聞き流しながら、ゆっくりと紫煙をくゆらせる。
散々犯してやったというのに、希望はこんなにも元気だ。今度は丹念に抱き潰そう、とライは静かに決めた。
ライには、希望がよくわからない。
好きな人と出掛けたいという希望の発想もわからないが、最初のような『デート』を、今も希望が望んでいることが不思議でしょうがない。
あの時の狩りでは、終始身体を強張らせ、近づけば震え、触れれば叫び、たまに笑顔を見せても目が合うと怯えたように目を逸らしていたくせに。
終わった時には安堵したような表情を見せていたくせに。
なのにまた『デート』に行きたいとはどういうことなのか。
楽しんでいたというのか、あれは。
「……最初からそう言えよ」
「言ってましたけど?!」
もうっ! と希望は頬を膨らませ、唇も尖らせる。ぷいっとそっぽを向いて、不服である、と主張している。
けれど、ふわふわの金尾は、ふりふり、と揺れていた。
ライがどんな贈り物をしても、どこに連れていっても、希望は怯えていた。耳も尻尾も震え、瞳は潤んで揺れる。
だから全部やめた。
唯一怯えず、求めてきたことを続けた。抱いてしまえば、希望は大人しく、甘えて縋って、何も分からなくなって、素直になった。
その分、夜中によく泣いていたが。
それですら、気分が乗らない、他の人とすれば? と言い出したから、〝望み通り〟他の奴で暇潰しをしたこともあった。
それでも、希望は逃げるし、文句も言う。
なんて面倒な男だ。
こんなに好みの顔じゃなかったら殴って黙らせていたかもしれない。
『デートしたい』と、暴れる仔犬を黙らせることなど、ライにとって簡単なことだ。
けれど、希望は黙らせると、後々厄介なことになりかねない。希望を好きなようにさせておくのが、一番面倒が少ないのだとライは悟った。
「……別にいいけど」
「え! ほんと!?」
「ああ。……あー、そうだ、その代わりに」
「……?」
希望は大人しくなって、ベッドに座っている。パタパタと尻尾を振り、ピクピクと耳を動かしている。黙っていても五月蝿いな、と呆れながら、ライはそれを取り出して見せた。
「これ、付けて」
ライの指先で、きらりと光った物に、希望は目を奪われた。目を大きく見開き、じっとそれを見つめる。
ライが見せたのは、首輪だった。
細かい装飾が彫り込まれた、金色の金属で作られた首輪だ。
「これ、つけて行くならいいよ」
どうする? とライが首を傾げて微笑む。
希望はあっという間に顔を真っ赤に染めた。
「あっ……で、でもぉ……っ」
困ったように眉を下げ、潤んだ瞳が蕩けて、ライを映し出す。
ライは希望のことがよく解らないが、これは解る。
満更でもない顔だ。
ライが首輪を指先で弄んでいても、決して目を離さず、じっと見つめている。
「……首輪ほしい?」
「っ……」
希望は戸惑いながらも、物欲しそうに喉を鳴らした。
「……うんっ……」
「ははっ」
ライが笑って、誘うように人差し指一つを動かすだけで、希望は戸惑いながら動き出した。
よろよろと四つん這いで這い、ライの元まで辿り着くと、首を晒すように顎を上げた。
ライは首輪の枷を外した。
輪がパックリと開き、装着可能になる。
それを、あえてゆっくりと、焦らすように、希望の首へ嵌め、閉じていく。
首に首輪が擦れるだけで、希望が吐息を零して、身体を震わせていた。
最後にパチン、と枷を嵌めて、ライは希望を眺める。
四つん這いのまま、腰が揺れるのに合わせて、尻尾も誘うようにゆらりと艶めかしく揺れている。
吐息は熱く、荒く、頬は紅潮して、潤んだ瞳はとろりと艶めく。
「……もう一回する?」
「すっ、するぅ……♡」
恍惚とした表情で希望が微笑む。
好みの獲物がますますライ好みに変わっていく。それが楽しくて仕方ない。
ライはその極上の獲物を、極上の状態で堪能した。
いつもこれほど素直なら、面倒がなくていいのに。
***
軍では昔から、1つの習わしがあった。
自分の〝雌〟に首輪を渡して、己のものであると誇示するというものだ。
ライはあまり興味がなかった。
最強の猟犬であり、最上位に君臨する雄であるライにとって、わざわざ首輪なんてもので主張しなくても、本人や周りに分からせる方法なんていくらでもあったからだ。
しかし、ライが興味がなくても、希望は興味津々だった。
所有されたい、束縛されたい、という欲求はライには理解できないが、首輪を受け取った希望は喜んでいた。
それで牽制になるなら仕方ない。誰にでも尻尾を振って愛想を振りまくる尻軽な仔犬でも、首輪をつけていれば少しは自分が誰のものなのか自覚するだろう。
ライは隙のない最強の猟犬である。あらゆる可能性を考慮し、自分が留守中に希望がフラフラと飛んでいかないよう、万全を期した。
そして、心置きなく遠征へと旅立っていった。
ライが帰ってきたのは3週間後だった。
1ヶ月の予定だったが、ライは希望が驚き、怯える顔が見たくなったので、さっさと任務を完了させた。同行した希美は「歩幅の違いどころじゃない」という言葉を残して倒れた。過労だった。
希美は運ばれて行ったが、ライには心底どうでもいいことだ。
希望の寮に迎えに行く予定だったが、すでに本部の前に希望がいた。
誰から聞いたのか知らないが、ライの楽しみが一つ消えてしまった。ライはやや機嫌を損ね、情報源を消し去ろうと決めて、希望を見た。
「ライさぁん♡」
「来ちゃったー♡」と、甘えた声で希望が駆け寄ってくる。
その首には煌めく金色の瞳と同じ色をした首輪が
……ついてない。
今日は赤いリボンタイプの首輪をしていた。
ん? と首を傾げるライに、希望は抱き着いた。
「ライさぁん♡会いたかった♡おかえりなさぁい♡」
ぴととくっついて、潤んで煌めく瞳でライを見つめる。抱き着くだけでは足らずに、頬や鼻を擦り寄せ、胸をライの身体に押し当てる。尻尾はぶんぶんと揺れている。
希望の「会いたかった」という言葉に嘘はないだろう。
しかし、いくら目を凝らして見ても、希望の首にあるのはあの首輪ではない。
ライはやっぱり首を傾げた。
にこにこ、うるうる、ふりふり、きらきらと、色んな効果が発生して目が痛いし、輝きがすべてを弾き飛ばしてしまう。
――……まあいいか……。
……いや、よくねぇな。ふざけんなよ。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ……」
「え?! な、なに急に!?」
底なしに深い懐を持つライでも、さすがに限界だった。
***
希望は首輪をしていない理由を、こう言った。
『ライさんがそんな事知ってると思わなかったんです』
首輪をもらってから初めてのデート。
しかも、この硝子の森は特別な誰かと来る場所なんだ。
そんな場所に、ライさんと来れた。希望は有頂天だった。
ライにとって、自分はこんな特別な場所に一緒に来てもらえる、そんな存在なんだと。
永遠に結ばれるという、この場所に連れて行くような、特別な存在だと。
だが、
「は?」
と言われた。
「なにそれ。永遠に結ばれる? 知らねぇな。お前が行きたいっていうから来ただけだ」と。
……まあ、それはそれでいい。あれだけ説明したのに覚えてないなんて酷いけど、別に構わない。
でも、自分は興味がないのに、俺が行きたいって言ったから連れてきてくれたってそんなの。
まるで俺の事好きみたいじゃん。
……あ、そうか、ライさん俺の事好きなんだっけ。
両想いだった。照れちゃうなぁ♡ えへへ♡
でも、は? って言われたのは忘れない。
あと、「じゃあお前のやかましいその尻尾を、ここに結びつけてやろうか」とも言われたんだった。
忘れないぞ。
俺は賢いのだ。
そして、根に持つタイプなんだ。
そんな情緒も風情もないライさんのことだ。
自分の恋人に、自分のものだと皆に宣言する為の、誓いの首輪をあげるのが、猟犬の間で流行っていると希美から聞いていたから、期待してしまったけど。
この首輪も、きっと意味なんてないんだろう。
それでも、いいんだ。
首輪は大事にしよう。
ライさんから貰うものは全部嬉しい。
「だから大事にお部屋に飾ってましゅ」
「ふざけんなよ。馬鹿なの?」
話を最後までちゃんと聞いてから、ライは希望の頬を潰した。
***
特別な首輪で合っていたと知って、希望は目をまん丸くした。
「で、でも! ライさんもお揃いの着けてくれたら察してました! 俺は賢い仔犬なので!」
「そんなもんで満足するのか、お前は」
「え? う、うん? ……え? ほんとに!?」
「気が向いたらな」
「……気が向いたら……そっか……」
希望がポツリと呟くのを聞いて、ライは希望に目を向けた。
俯いた希望の瞳は、戸惑いと不安を滲ませて、揺れている。唇をぎゅっと噛み締めて、心を零さないようにしていた。
するとライは、ハッと笑って、希望を覗き込むように屈んだ。
「お前にも解るような言葉にしてやろうか?」
「え?」
希望がキョトン、と目を丸くして顔を上げた。その頬を両手で包んで、強く引き寄せる。そして震える耳元に、唇寄せて、囁いた。
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