58 / 59
第58話 最強の猟犬様から逃げられない③
カウントダウンが残り1日になった日の翌日、希望は退院の日を迎えた。
退院の日までのカウントダウンだったんだと、希望はようやく分かったが、どうしてライが退院の日を知っていたのか分からなかった。俺のプライバシーは?
そんなことを考えながら、希望は、揺られていた。
希望はライの肩に担がれて、運ばれていく。
荷物はライが持ってくれている。
足は完治してこそないが、松葉杖を使わなくても歩ける程度には回復している。
けれど、問答無用で、担がれ、連れて帰られていた。
こんな運び方ある? 丁重に扱えよ。
とは言えなかった。
実は、希望はまたライからの逃亡を試みていた。
決して諦めてはいなかった。
看護師長にしこたま怒られて反省はしたが、退院の日の朝、ライが来る前に逃げよう、と準備していた。
予想通り、ライは現れた。
そこまではよかった。心の準備もできていた。
けれど、予想外だったのは、ライの私服姿だ。
軍服姿も容赦なくかっこいいが、見慣れぬ私服姿は別の角度から希望の恋心を撃ち抜いていった。
ライはシャツにジーパンというシンプルな服装だったが、魅力という名の暴力で頭をぶん殴られたような衝撃だった。
なんという破壊力だろうか。恋の稲妻とはこのことか、と希望は納得した。
心を撃ち抜かれて前後不覚となった希望はライに「いくぞ」と言われて、「ふぁい♡」ととろけるような声と瞳で、のこのこふらふらと近づいてしまった。
そして、捕獲された。当然の結果である。
恐ろしく巧妙な罠だった、仕方ない、と希望は思う。あの魅力に抗える者など、いないに違いない。
――ああ、もうだめだ。
担がれて、ライの歩く速度に合わせて、ゆっくりと揺れる。希望はただ静かに、諦めの境地にいた。
――きっとまた入院させられる。あの化け物みたいにギッタギタのボッコボコにされるんだ。
それか、もしかしたら今まで以上に、酷く激しく、何日も犯され続けたりするのかな? 監禁されて調教されちゃうとか?
……あれ? 俺、帰れるのか……?
ライの家に近づいていくにつれて、希望の不安は膨れていく。
けれど、部屋の中に入って、懐かしい匂いと光景に、胸が締め付けられた。
扉が閉まった音がやけに耳に響く。それが合図のように、腹の奥がきゅんと疼いた。
――もう、帰れなくてもいいや。
気まぐれでもなんでも良い。
もう一度触れ合えるなら、一緒にいられるなら、何でも耐えられる。
ライが希望の荷物を置いた。
次は自分だ、と身構えて、ソファに放り投げられるのを待つ。
けれど、希望はふわり、と柔らかな弾力を感じた。
(……あれ?)
希望の身体は、ゆっくりとソファに下ろされていた。痛々しく包帯が巻かれている足は、さらに丁重に、気遣うように、下ろされる。
(……あれ?)
ゆったりと動くライをじっと見つめていると、ライが気付いて、顔を上げた。
「……何?」
ライは首を傾げて、少し笑う。
希望の髪を撫でると、「もうちょっと待て」と額にキスをしてくれた。
パチパチッと希望の目の奥で、光が弾ける。
「……っ」
「……?」
ライがキスを一つして、離れると、希望の尻尾も耳もぷるぷると震えていた。俯いて、ぎゅうっと身体を強張らせている。
またかよ、とライは溜息を――
その途端、溢れる想いに耐えきれなかった希望が、両腕を大きく広げて、ライに抱きついた。
てっきり怯えて震えて固まっていると思っていた仔犬の行動に、ライが僅かに目を見開く。
ライの背に腕を回して、ぎゅうっと抱き締め、希望はありったけの想いを込めて、叫んだ。
「ライさん大好き!!!」
「え、うるさっ……何なんだお前は」
飛びついてきた希望を支えるように、背中に回った大きな掌の熱さも、「耳元で叫ぶな」と呆れたような、心底鬱陶しそうなライの声さえも、希望にはすべてが愛おしかった。
やっと抱き締められた。
という、喜びに満たされて。
ともだちにシェアしよう!