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第58話 最強の猟犬様から逃げられない③

 カウントダウンが残り1日になった日の翌日、希望は退院の日を迎えた。  退院の日までのカウントダウンだったんだと、希望はようやく分かったが、どうしてライが退院の日を知っていたのか分からなかった。俺のプライバシーは?    そんなことを考えながら、希望は、揺られていた。    希望はライの肩に担がれて、運ばれていく。  荷物はライが持ってくれている。  足は完治してこそないが、松葉杖を使わなくても歩ける程度には回復している。  けれど、問答無用で、担がれ、連れて帰られていた。  こんな運び方ある? 丁重に扱えよ。  とは言えなかった。    実は、希望はまたライからの逃亡を試みていた。  決して諦めてはいなかった。  看護師長にしこたま怒られて反省はしたが、退院の日の朝、ライが来る前に逃げよう、と準備していた。  予想通り、ライは現れた。  そこまではよかった。心の準備もできていた。  けれど、予想外だったのは、ライの私服姿だ。  軍服姿も容赦なくかっこいいが、見慣れぬ私服姿は別の角度から希望の恋心を撃ち抜いていった。  ライはシャツにジーパンというシンプルな服装だったが、魅力という名の暴力で頭をぶん殴られたような衝撃だった。  なんという破壊力だろうか。恋の稲妻とはこのことか、と希望は納得した。    心を撃ち抜かれて前後不覚となった希望はライに「いくぞ」と言われて、「ふぁい♡」ととろけるような声と瞳で、のこのこふらふらと近づいてしまった。  そして、捕獲された。当然の結果である。    恐ろしく巧妙な罠だった、仕方ない、と希望は思う。あの魅力に抗える者など、いないに違いない。      ――ああ、もうだめだ。    担がれて、ライの歩く速度に合わせて、ゆっくりと揺れる。希望はただ静かに、諦めの境地にいた。    ――きっとまた入院させられる。あの化け物みたいにギッタギタのボッコボコにされるんだ。  それか、もしかしたら今まで以上に、酷く激しく、何日も犯され続けたりするのかな? 監禁されて調教されちゃうとか?  ……あれ? 俺、帰れるのか……?    ライの家に近づいていくにつれて、希望の不安は膨れていく。  けれど、部屋の中に入って、懐かしい匂いと光景に、胸が締め付けられた。  扉が閉まった音がやけに耳に響く。それが合図のように、腹の奥がきゅんと疼いた。    ――もう、帰れなくてもいいや。    気まぐれでもなんでも良い。  もう一度触れ合えるなら、一緒にいられるなら、何でも耐えられる。        ライが希望の荷物を置いた。  次は自分だ、と身構えて、ソファに放り投げられるのを待つ。  けれど、希望はふわり、と柔らかな弾力を感じた。   (……あれ?)    希望の身体は、ゆっくりとソファに下ろされていた。痛々しく包帯が巻かれている足は、さらに丁重に、気遣うように、下ろされる。   (……あれ?)    ゆったりと動くライをじっと見つめていると、ライが気付いて、顔を上げた。   「……何?」    ライは首を傾げて、少し笑う。  希望の髪を撫でると、「もうちょっと待て」と額にキスをしてくれた。  パチパチッと希望の目の奥で、光が弾ける。   「……っ」 「……?」    ライがキスを一つして、離れると、希望の尻尾も耳もぷるぷると震えていた。俯いて、ぎゅうっと身体を強張らせている。  またかよ、とライは溜息を――    その途端、溢れる想いに耐えきれなかった希望が、両腕を大きく広げて、ライに抱きついた。  てっきり怯えて震えて固まっていると思っていた仔犬の行動に、ライが僅かに目を見開く。  ライの背に腕を回して、ぎゅうっと抱き締め、希望はありったけの想いを込めて、叫んだ。   「ライさん大好き!!!」 「え、うるさっ……何なんだお前は」    飛びついてきた希望を支えるように、背中に回った大きな掌の熱さも、「耳元で叫ぶな」と呆れたような、心底鬱陶しそうなライの声さえも、希望にはすべてが愛おしかった。        やっと抱き締められた。    という、喜びに満たされて。

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