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第72話

 ミカエルは、先程からずっと無言を貫いているアリソンをそっと窺った。思っていた通りに愉快そうな顔だ。その顔にミカエルの緊張は幾分和らいだ。 「でも、ミカ様は他界に来られて、しかも天界とは真逆の魔界でしょう? 緊張や不安などもおありでしょうし。この場を少しでも居心地良く思って頂きたいという思いがあるんですよ私には。兄上もそうでしょう?」  エイダンはヘンリーへとニカッと笑顔を見せる。ヘンリーは少し肩の力を抜いて「ったく、お前は」と微笑を浮かべた。 「ミカ様、突然の御無礼をお許しくださいませ。ただ弟エイダンも申してますように、御楽になさってください。(わたくし)ら王に仕える者は皆、アリソン陛下が自らお選びになったお方には、全幅の信頼を寄せております。今回のルシファーの件では、私共は見ていることしか出来ません。ミカ様は魔界を護って下さる大切なお方でもあります。誰が不満を申しますでしょうか。申す者がいれば私共が黙っておりません。ですのでミカ様には、陛下の寵愛をたっぷりと受けてお幸せに暮らして頂きたいのです」  ヘンリーの心地よい美声は、本当に柔らかく気持ちのこもったものだった。ミカエルの不安を読み取ってくれた上にそれを払拭してくれる。ミカエルは二人の温かい心遣いに、涙が溢れて止まらなくなる。 「あ……ありがとう……ございます」  しゃくり上げてしまうミカエルを、アリソンが素早く自身の腕の中へと包み込んだ。 「ヘンリー兄上にエイダン兄上、ここまでミカを泣かせるとは、本当に憎たらしい限りですよ」  アリソンの咎めるような言葉。しかし誰も言葉通りには受け取っていない。和やかな空気が伝わってくる。  アリソンは魔王としてだけではなく、人柄も含めてとても慕われている事がひしひしと伝わった。  普通ならば何の疑いもせずに信頼するなど、なかなか出来ることではない。もしかしたらミカエルに邪心があるかもしれないという疑いだってある。だけどラルフを含め、ヘンリーとエイダンはアリソンの〝目〟に全幅の信頼を寄せている。アリソンの選んだ者に間違いなどないという全幅の信頼を。固い絆があるからこそ成り立つ信頼関係だった。  いつまでも泣いていてはいけないと、ミカエルは涙を拭うと背筋を正して皆の前に立った。四人ともにまだ跪いた状態だ。ラルフと後方にいる男性に至っては、未だに顔を上げられていない。 「あの、ラルフさんも、そちらの方も顔を上げてください」  ラルフは直ぐに顔を上げたが、後方の男性は王の言葉ではないことに戸惑っている様子だ。 「リアム、ラルフから何も聞いてないのか?」  アリソンの叱責に、ハッと顔を上げたリアムと呼ばれた男は、再びアリソンへと頭を下げた。 「も、申し訳ございません。聞いております」  今度こそリアムはしっかりと顔を上げた。悪魔は顔が美しい者が多い。例に漏れずリアムも男性的な美しい顔をしていた。

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