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第73話

 ミカエルはリアムに軽く頭を下げながら、まだまだ慣れないこの礼遇に複雑な気持ちでいた。  リアムがしなければならなかったこと。それはミカエルが口にした事を直ぐに実行することだった。ミカエルの言葉は魔王の言葉。  しかしまだ完全に魔王の妃となったわけじゃない。しかも初対面だ。リアムも直ぐに反応など出来ないだろう。  ミカエルも別にリアムに命令をしたわけではない。ただずっと顔を上げずにいる二人に、早く楽な姿勢を取って欲しかっただけに過ぎない。  それでもミカエルが顔を上げて欲しいと要求すれば、アリソンからすれば臣下は従わなければならない。余計な事を言ってしまったかと後悔もあるが、この先アリソンと人生を共にするなら、このような事にも慣れていかないといけないのだ。 「あのリアムさん、至らない点もあるかと思いますが、これからどうぞよろしくお願いします」 「な、なんと恐れ多い。ミカ様自らお声をかけて下さるなんて……」  本当に恐縮しきった様子で、縮こまってしまったリアムは侍従長を務める男だ。アリソン情報では、厳しくも優しいリアムは、数多くいる侍従らを上手く取りまとめる素晴らしい侍従長のようだ。  ミカエルはこれからの長い人生でお世話になる彼らと挨拶を交わし合い、ラルフを除く三人は一旦退席した。 「異世界への移動はお疲れになったでしょう。ミカ様お部屋へご案内致します」  ニコニコと上機嫌のラルフは、ミカエルの荷物を運ぼうとしてくれたようだが、ミカエルは神剣以外何も持っていない。  スマートフォンも服も生活必需品など全て人間界へと置いてきた。人間界で使用していた物は、全て消えてしまうと神から聞いたからだ。ミカエルが人間界にいた痕跡は全て綺麗に消えてしまっているのだ。それを察してくれたかは分からないが、ラルフは微笑んで頷いた。 「ラルフ、ミカの部屋は俺が案内する」  ミカエルの肩を抱き寄せ、アリソンはラルフに退席するよう促す。ラルフは途端に慌てた。 「陛下! 陛下がなさることではございません。私にお任せ下さいませ」 「だからいいと言っている。我がしたいのだ。空気を読め」  まだ何か言いたげに、ラルフは口をもごもごさせている。しかしこれ以上ものを申すのは不敬に当たるため、ラルフは口を閉じた。 「では、陛下にお任せ致します」  ラルフはしずしずと後方へ下がり、二人の後についてきた。  ラルフには申し訳ないが、ミカエルが黙って口を挟まずにいるわけは、アリソンが本当に愉快そうだからだ。それに人間界にいた時からずっとベッタリだったために、ミカエルからすれば違和感もないことだった。  謁見の間を出ると紺青(こんじょう)色の絨毯が敷かれた広い通路が左右に広がっている。謁見の間や、遠くから見た城の外観からして、バロック建築風のヨーロッパ城のように見えた。

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