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第2話
午前二時、最後のお客様のお見送りが終わった。
「蒼くーん、ちょっと事務所まで来てね」
「……はい、店長」
結局姫はお金を持って来てくれなかった。別の姫が来て200万円分お店で使ってくれるなんて奇跡が起こるはずもなく、とぼとぼと事務所に向かった。
「蒼くん、先月の掛け回収出来た?」
「すみません、出来ませんでした……」
「そっか、立て替えは出来る?」
「……お金なくて、出来ないです。すみません」
勢いよく頭を下げる。
ああ、何故先月の俺はシャンパンタワーをやったんだ! 初めてのタワーだから、ちょっと豪華にしたいんだなんて姫に言ってしまったんだ!! せめて100万円のタワーだったら、残り分返せたかもしれないのに!
「そうか、困ったなぁ。蒼くんに抜けられると困るけど、もう向こうも知ってるしなぁ」
あまり困っていなさそうな口調で店長が呟く。ていうか向こうって何?! 何が誰に知られてるの?!
「とりあえず行こうか。荷物取ってきてね」
「……はい」
何処に行くの? ねえ店長?! いつものようにのほほんと笑う店長に、早く荷物取ってきてねと急かされてそれ以上は聞けなかった。
ロッカーでカタカタと震えながら準備をしていると後輩の洸 が声を掛けてくる。
「蒼さん、どうしたんですか? 顔真っ青ですよ!」
「うん、何でもないよ」
「? そうですか? あんまり無理しちゃダメですよ」
洸は入店した時に面倒を見てあげた子で、俺に懐いてくれている大事な後輩だ。そんな後輩に心配をかけるのは良くない。
また明日〜と帰っていく洸に、なんとかまたね、と返事をする。
俺は明日からはこの店に居ないと思う。今から何処かへ連れていかれるから……! さよなら、洸……! 心の中で別れを告げた。
準備を終えると、出入り口の前で店長が既に待っていた。
「じゃあ蒼くん、行こうか」
「……はい」
「蒼くーん、暗いよ! 笑って笑って!」
「ハ、ハハ……」
この状況でニコニコしている奴なんかいるか!
店の前に止まっていた送迎用の車に乗り込むと、店長のじゃあ行くよ〜なんてゆるい言葉で車が発進した。
「あの、店長、何処へ行くんですか……?」
「うーん、桐藤 のところ?」
「き、桐藤さん……?」
意を決して店長に聞くと、知らない人の名前が出てきた。誰だ桐藤って。そして何故俺は桐藤さんのところに連れていかれるのか? それが知りたいんだけどな……?
「蒼くんって、顔が桐藤のタイプなんだよね〜、もしかしたらすぐ戻ってこれるかも!」
「は、はぁ……」
もしその桐藤さんって人のタイプじゃなきゃ俺はしばらく何処かへ行かされるんですね?! ていうか桐藤さんって男? 女?! そっからなんですけど店長!!
「そういえば蒼くんってノンケ?」
「はい」
「良かった〜」
店長が良かったっていう事は、桐藤さんって人は女……?
「桐藤は性癖拗らせてるから、ノンケを一から開発するのが好きなんだ。そして処女厨。キモいよね!」
「終わった……」
桐藤さん、男じゃん。しかも結構ややこしい性癖の。俺、桐藤さんって男に開発されるの? やなんだけど店長! 店長も明るくキモいよね〜なんて言わないで!
「頑張って桐藤のお気に入りになって、風俗落ち回避しようね!」
のほほんと笑う店長に、俺は泣きながらはいと答えた。やっぱり風俗店で働かさせるの?!
だけどその桐藤さん? って人のお気に入りになれば風俗店で働くことは回避出来る……桐藤さんって人処女厨なだけあって他の男とセックスしてる人は嫌なのか? ってやかましいわ! 男に処女ってなんだよ! 変態かよ!
しかしその桐藤さんって人にはそれだけの権力かお金があるって事だ……そんな人と今から会って気に入られてこいなんてさすがに無理じゃない? ねえ? しかもこの流れだと俺は結局桐藤さんっていう人とセックスしなきゃダメなんじゃないの……?
俺ノンケなのに……! 尻の穴なんか使った事ないのに……!
「さ、着いたよ〜桐藤に会ったら適当にオレに話合わせてね」
店長が車を止めると、そこは高級ホテルの駐車場だった。
こんなところにいるのか?! 若干気後れしつつ、店長の後をついていく。
フロントで何か話した後、ベルボーイに連れられてエレベーターに乗る。
この先に桐藤さんが……ドキドキしながらエレベーターが止まるのを待った。
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