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第92話

 「はあ……離れたくない……」  身体を重ね、お互いが達したあと巧さんが俺を抱きしめながらぼやく。 「俺もです……」 「嬉しいな、このまま休もうか……」 「それはダメです」  「えー」なんて不満げな声を出して頭をぐりぐりと押し付けられる。 「くすぐったいです、巧さん」 「ここで葵くんとイチャイチャしてたい……」 「これからはいつでも出来ますよ? ていうかいつもしてくれなきゃやです」  だからもう離さないでほしい。 「葵くんが天使すぎる……」 「何言ってるんですか……ねえ、巧さん、だから今日も仕事終わりにここ、来てもいいですか?」  離れがたいのは俺だって同じで、身体も痛いし仕事も休んで巧さんと一緒にいたいけどそうはいかない。  だから巧さんが待っている家に帰りたい。自分の家に帰って巧さんからの連絡を待ちながらこれ夢だったの? なんて思いたくない。 「うん、おいで。合鍵渡すから、いつでも来て」 「ありがとうございます、そんなこと言われたら入り浸っちゃうかも……」  巧さんがいる居心地のいい部屋に、いつまでもいたい。 「……葵くん、ここに引っ越せばいいじゃん」 「えっ?!」 「うん、それがいい! 次の休みはいつ? 荷造りしよう」 「そんな急に言われても……」 「葵くんは俺と一緒に住むのは嫌?」  しょんぼりした顔で尋ねられる。そんな、嫌なわけない。 「ただ、迷惑じゃないかって……」 「迷惑なんかない。愛してる人と一緒に住めたら嬉しいに決まってる」 「俺も……愛してます」  巧さんが目を細めて、くちづけをする。 「休みの日に手続きと準備しにいこう……もう離さないから。大好きだよ、葵くん」  痛む身体を庇いながら「おはようございまーす」と挨拶をして店に入ると、心配そうな顔をした店長が立っていた。 「昨日大丈夫だった?」 「はい、ほんとにありがとうございました!」 「ならよかった。痴情のもつれになったらどうしようかと……思わずニュースで流れてないか確認したよ〜」 「あはは、そんなわけないじゃないですか! 心配かけてすみません」 「いーよいーよ。でも大丈夫? 桐藤にホストやめろとか言われてない?」 「? 言われてないですよ」 「あ〜良かった。上手くいったらいったで、桐藤が蒼くんにホストやめさせる! って言ってないかと……」 「たぶん大丈夫だと思います、一緒に住むことになったんで。GPSもつけてるし、お店の監視カメラもいつでも確認出来るから俺を信じてくれるみたいです」 「いやそれ全然信じてなくないそれ? え? オレがおかしいの? えっ、キモくない? 怖くない?」 「おじゃましまーす……」 「やり直し。帰ってきた時は、ただいまって言うんだよ?」  仕事おわり、そろそろと巧さんの部屋に入ると玄関まで巧さんが迎えにきてくれた。 「えへへ……緊張しちゃって……ただいまです」 「おかえりなさい、葵くん」  人がいる家に帰ってくるなんて何年ぶりだろう。  電気がついていて、自分の帰りを待ってくれている人がいる。 「……幸せすぎて、夢みたいです」 「そんな可愛いこと言わないでよ。でも俺も、葵くんが帰ってくるまでそわそわしっぱなしだったよ。かっこ悪い」 「巧さんはいつでもカッコいいですよ!」 「んー、そういってくれるのは嬉しいけど。俺、葵くんよりずっと早くおっさんになるけど大丈夫かなあ」 「おじさんになっても、それこそ太ってもハゲても大好きです」 「ふふ、それなら安心だ」  そのまま巧さんが唇を重ねてくる。  どんな巧さんになっても好きだから、このまま二人で歳を重ねていきたい。  それってものすごく幸せだなあと思いながら、俺は目を閉じた。 (了)

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