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5枠目-伝わったから、オレの事大好きなの
数分経って、次の駅に電車が停まった。
殆ど人の居ないホームに、数えられるくらいの人達が降りて行く。空都さんは小走り気味に近づいて、僕の横にそっと座った。ガラガラの車両、すかすかの座席、2人で肩を寄せ合って座るのは僕達だけ。皆気にしていないんだろうけど、それでもちょっと、僕達がどう見えているのか気になって急に背筋が伸びる。
電車が滑るように走り出すと、空都さんは内緒話をする時みたいに少しこちらに顔を寄せて、声を潜めて、笑いかけた。
「おはようございます、海さん」
「あ、おはよう、ございます、空都さん」
思わず小声でそう返し、お互い軽く会釈する。……小声、貴重だ。
「奇遇ですね! 海さんは今から、登校ですか?」
「はい……!」
「オレも! 月曜日の1限って絶対起きれないと思って、必修じゃなかったんで採らなかったんですよ!」
「そうなんですね……!」
空都さんはにこにこと楽しそうに話してくれるのに、僕は緊張で相槌すら上手くいかない。会話ってこんな難しいっけ……? 顔を見ながら話すともっと緊張するだろうから、不自然にならない程度に前を見続ける。対抗策がこれぐらいしか思いつかない。
「そういえば、海さんってこの辺の大学なんですよね? 何専攻ですか?」
「えっと、日本文学です。明治期の」
「いいですね、文学! オレ、そっちの方面詳しくなくて、小説も国語の教科書ぐらいしか読んだことないんですよ……読書とか絶対、知識の引き出し増えるじゃないですか! でも、オレでも読める本あるのかなって……絵本とかから始めた方が良いのかな? 大学で絵本持ち歩いて読んでるのって流石に校内の有名人になるか……」
「ふふっ」
大学のベンチで絵本を広げて真剣な顔で読んでいる空都さんを想像して、その童話のような情景とミスマッチな状況が笑いを誘う。
「あっ! やばいオレめっちゃ喋ってた……すみません」
「いや、そんなこと……! 僕こそ、なんかいつもの配信聴いてるみたいでつい笑っちゃって……空都さんのお話聴くの好きなので、むしろもっと話してください」
「……」
あれ、急に静かになった。ちらっと隣を伺い見ると、空都さんは両手で顔を覆っていた。
「あの、空都さ……」
「……めっっっちゃ、嬉しい」
手の隙間から、聴いたことがないくらいの小声で何か聞こえた。そして、空都さんは背もたれに身体を預けるようにして、手で顔を覆ったまま天を仰ぐ。
「自己肯定感爆上がりした……めっちゃにやける……」
多分、僕に聞かせているわけではないであろう言葉が次々漏れ出ている。オタクの率直な欲求のどこがそんなに刺さったのか分からないが、とりあえず嬉しそうで良かった。
「今ちょっと、お見せできない顔してるんで、このまま話すんですけど……改めてオレの配信好きになってくれてありがとうございます……」
ちらっと目だけ覗かせて、嬉しさの滲んだ声でぽそぽそと呟く。
「こちらこそ、いつも楽しい配信をありがとうございます」
「もう、オレの欲しい言葉全部くれるじゃん!!」
わあっと小声で叫ぶと、また顔を隠してしまった。その反応がちょっと面白くなって、つい口が軽くなる。
「空都さんの配信って、雰囲気が優しくて、エピソードトーク上手いし、楽しそうに話してくれるのが聴いてて心地いいし、マイナスな話絶対にしないし……でも、したって空都さんなら雰囲気崩さずに話してくれるんだろうなって信頼できるんですよね。僕はROM専なんですけど、リスナーさん達のコメントも全部読んでくれてて、きっと読んでもらえてリスナーさん達皆嬉しいだろうなって。BGM選びも毎回センスが良いし、LIMEスタンプかわいいし、何より声が耳心地が良くて素敵だし、それから……」
「わーー! もう大丈夫なんで!!」
「んむっ……!?」
慌てた空都さんに、口を手で塞がれてしまって続きを話せなくなってしまった。まだまだ言いたい事あったのに。抗議の意を示そうと、目線を空都さんに向けると、陶器のような淡く白い頬が、じんわりと赤く色づいていた。
「伝わったから、オレの事大好きなの、分かったから……!」
そう言われて、やっと、本人に向かって“推しポイント”を語っていた、とんでもなく恥ずかしい事実に気が付いた。一気に血の気が引いて、そして一気に顔の血流が良くなったのが分かる。首から上全部熱い。特に、空都さんが触れている部分が、一番熱い気がした。
「……海さん、オレの事話す時だけ饒舌すぎるでしょ」
ぱっと僕の口から手を放すと、抗議めいた、というより拗ねているような口調で、空都さんは呟く。
「あの、ほんと、すみません……つい全部言いたくなっちゃって……だって――」
「もうダメですよ。オレの話禁止」
「なんでですか」
「これ以上はオレが溶けるから」
「とけ……?」
「はい、溶けるんで。海さんの話しましょう」
謎の理論で無理やり話題を変えた空都さんは、ふーっと、ひとつ大きく息を吐いた。僕も顔の火照りを逃がすように軽く呼吸を整える。
「僕の話といっても、何を話せばいいか……」
「好きな物とか」
「さっきの話に戻りますよ……?」
「……ほんと、勘弁して……」
「すみません……」
「あーいや違くて! 褒められすぎて今日の嬉しいのキャパ超えちゃったんでこれ以上は、あの、また明日以降で……偶に言ってくれたら凄くモチベ上がります……」
「はい、じゃあまた今度で」
「そうだな……そういえば、海さんって多分オレより歳上ですよね? オレ、新1年なんで」
にこりと、空都さんが何かを企んでいそうな顔になる。嫌な予感がする。
「そう、ですね?」
「じゃあ、敬語じゃなくていいですよ、海センパイ」
予感、的中。さっきまで、自身の形を保てなくなると言っていた人とは思えない笑顔に気圧され、心の底から出た「無理です」を発音することは叶わなかった。
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