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第2話
向井の場合、悪気がないのはわかるので憎めないし、根は素直なので周囲からもかわいがられている。
「犬飼さん、聞いてくださいよ。瀬戸が安西さんとこの仕事をひとりで勝手に進めてしまって……。こいつとの共同作業なんてやっぱり無理ですよ!」
内心でやれやれとため息を吐きたくなる気持ちを抑えて、犬飼はもうひとりの後輩、瀬戸に向き直った。
「瀬戸。向井が言ってることは本当か?」
訊ねられた当の本人は、眼鏡の奥で何を考えているのかわからない瞳を犬飼に向けた。
やや長めの癖のある黒髪に、黒いフレームの眼鏡はシンプルだが洒落ていて、目の前の男の顔によく似合っている。身につけている服も派手ではないのにいつもどこか垢抜けて見えて、男のセンスのよさを窺わせた。
「本当だったらどうなんですか?」
「どうって、そりゃあ向井が怒るのも仕方ないだろう」
「こいつのデザイン、まったく使い物にならないんです。そのくせ根拠のない妙な自信だけはあって、どこからその自信がくるのか理解に苦しみます」
「お前っ!」
カッとなって瀬戸につかみかかろうとする向井を、犬飼は慌てて止めた。
「わー、向井、待て待て! 瀬戸、お前ちょっとこっちへこい」
向井には少し冷静になれと諭してから、スタッフルームへと瀬戸を引っ張る。
古い雑居ビルをリノベーションしたこの建物は、一階から三階までが個人事務所、四階から上は笠井の自宅になっている。体格差でいえば瀬戸のほうが犬飼よりも数センチほど大きいのに、瀬戸はおとなしく犬飼のあとをついてくる。扉を閉め、部屋に瀬戸とふたりきりになると、犬飼は胸の前で腕を組んだ。
「お前なあ、少しは周囲との和ってもんを考えろ。あんな言い方をされたら誰だって腹が立つだろうが。そりゃあお前の言うこともわからないでもないけど、もっと言い方ってものがあるだろうが。あいつに悪いところがあるのなら、それをお前が補ってやれ。きちんとどこが悪いか教えてやるのも必要だろう」
瀬戸の言うように、向井のデザインに独りよがりな部分があるのは否めない。根拠のない自信に満ちているのも若さゆえによくあることで、しかし経験を積み重ねて成長していけば、これからもっとよくなるものだと犬飼は信じている。誰もが一度は通る道だ。
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