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第15話

 やや乱暴な仕草でカップを瀬戸に戻すと、犬飼は手の甲で口を拭った。どきどきと鼓動が早鐘を打つ。なぜか瀬戸の顔をまともに見ることができなくなって、ごまかすようにカップにビールを注いだ。 「でも、これは使い捨てのカップで飲むにはもったいないな。誰が持ってきたんだ、笠井さんか?」 「さあ。向こうに置いてあったので拝借しました」  しれっとした顔で瀬戸が答えるので、犬飼は思わず飲んでいたビールを吹きそうになった。 「ばっ! おま……っ、それはまずいだろう!」  慌ててそこらへんにあった袋でワインボトルを隠す。いつの間にかアイスワインがなくなっていることに、持ってきた誰かが気づかないことを願う。 「そうですか?」  すました顔の瀬戸に、犬飼は脱力した。大した度胸だと呆れてしまう。 「もういい。飲んでばかりじゃなくて、飯も食え」  取り分けられた料理がほぼ手つかずの紙皿をつかむと、ぐいっと瀬戸の前に突き出した。 「……そんなにされなくても食べますよ」  訝しそうに目を細めたあと、大人しく料理に手を伸ばす瀬戸を眺めながら、犬飼はほっとしていた。さっきまでの動揺は何だったのだろうと、密かに首を傾げる。  瀬戸は春野菜の春巻きを箸で摘むと、口に運んだ。瀬戸の皿にも取り分けてくれたのは桜井さんだろうか。半熟卵の鮮やかな黄色や、炊き込みご飯のおにぎりを彩る茗荷のピンク色。彩り豊かな料理が目にも楽しい。そのとき、ふと瀬戸の箸使いに目を引かれた。瀬戸はいまどきの若者には珍しく、食べ方がきれいだった。思わず見とれてしまいそうになる。 「……お前、箸の使いかたがきれいだな」 「そうですか。うちの両親が厳しかったからですかね」  伏し目がちに箸を使いながら、犬飼の言葉に答える瀬戸の横顔は静かだ。 「へえ……。お前の口から家族の話を初めて聞くな」 「取り立てて話すことじゃないですからね」 「そうか? お前実家は都内だっけ?」 「神奈川です。犬飼さんは愛知のほうでしたよね」 「そう、渥美半島の田原ってとこ。そんなこと、お前よく知ってたな」  犬飼は、瀬戸が自分の故郷を知っていたことに驚いた。犬飼がその訳を疑問に思う間もなく、瀬戸が先に答えてしまう。 「前に実家から送られてきたんだって、職場に大量のちくわを持ってきたでしょう。いりませんって言ってるのに、まるでお節介な近所のおばちゃんかと思うくらいに、いいから持っていけってしつこくて」 「ヤマサのちくわはうまいんだぞ」  犬飼はわずかに赤くなった。そういえばそんなこともあった気がする。ヤマサのちくわは犬飼が子どものころから馴染んだ味で、ときどき送られてくる実家からの定期便にも入っている。確か前にもそれで職場に持っていったのだった。 「まあ、確かにうまかったですけど」

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