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第31話

「――さん、犬飼さん。大丈夫ですか?」  ハッと気がつくと、給湯室でコーヒーを入れたカップを手にしたまま、しばらくじっと固まっていたらしい自分を、桜井さんが心配そうに見ていた。 「すみません、ちょっとぼうっとしていたみたいです」 「最近少し元気がないように見えますよ。しっかり休めていますか?」 「もちろんです。きのうも六時間、寝てしまいましたよー」  はははと笑った犬飼の言葉に、桜井さんはまだ納得していないようすだった。 「元気がないといえば瀬戸さんも」  桜井さんから聞こえた瀬戸という名前に、犬飼は思わずどきりとした。 「瀬戸? 瀬戸がどうかしましたか?」 「気のせいか、瀬戸さんも何か思い悩んでいるみたいなんですよね。私の考えすぎかもしれないですが……」 「そ、それはほらあれじゃないですか、AOCの件じゃないですかね」  AOCの仕事は都市開発をもとにした広告で、政府や交通機関、そしてさまざまな企業が関わる、巨大プロジェクトだ。今回うちに受注された広告は駅の構内はもちろん、街の広告塔や紙媒体にも使われる予定で、先方からの強い希望もあって瀬戸が担当した。 「ああ、確かに。瀬戸さん、大変そうですものね」

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