31 / 72
第31話
「――さん、犬飼さん。大丈夫ですか?」
ハッと気がつくと、給湯室でコーヒーを入れたカップを手にしたまま、しばらくじっと固まっていたらしい自分を、桜井さんが心配そうに見ていた。
「すみません、ちょっとぼうっとしていたみたいです」
「最近少し元気がないように見えますよ。しっかり休めていますか?」
「もちろんです。きのうも六時間、寝てしまいましたよー」
はははと笑った犬飼の言葉に、桜井さんはまだ納得していないようすだった。
「元気がないといえば瀬戸さんも」
桜井さんから聞こえた瀬戸という名前に、犬飼は思わずどきりとした。
「瀬戸? 瀬戸がどうかしましたか?」
「気のせいか、瀬戸さんも何か思い悩んでいるみたいなんですよね。私の考えすぎかもしれないですが……」
「そ、それはほらあれじゃないですか、AOCの件じゃないですかね」
AOCの仕事は都市開発をもとにした広告で、政府や交通機関、そしてさまざまな企業が関わる、巨大プロジェクトだ。今回うちに受注された広告は駅の構内はもちろん、街の広告塔や紙媒体にも使われる予定で、先方からの強い希望もあって瀬戸が担当した。
「ああ、確かに。瀬戸さん、大変そうですものね」
ともだちにシェアしよう!