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第45話
腰を下ろすよう勧めると、瀬戸は無表情のまま大人しく言うことを聞いた。プラスチックのカップにコーヒーを注ぎ、ほら、と勧める。自分の分もコーヒーを入れると、それに口をつけるでもなく、犬飼はカップをテーブルに置いた。
「言いたくなければ答えなくていい。お前、前の会社で何があった? さっき話に出てきた鳳凰堂の担当者と何かあるのか?」
呼び止められた時点である程度話の内容は予想がついたのだろう、犬飼を見る瀬戸は冷静で、その表情からは何の感情も伝わってこない。
「前の会社で、俺の直属の上司でした。俺が、前の会社を辞めるきっかけとなったひとです」
淡々とした口調で事実だけを述べる瀬戸に、犬飼はやはりそうか、と納得した。
「鳳凰堂に入ったときから何かと目をかけてくれたひとでした。あるとき、社内コンペであの男ではなく、俺のデザインが採用されたんです。いま思えばそのときからです、あの男が変わったのは」
何かを思い出すでもなく、まるで他人事のような顔をして瀬戸が話す。
「少しずつ周りの環境が変化していることに、俺はまったく気づいてはいませんでした。俺は仕事以外のこと、――人間関係だとか社内政治などにはまったく興味がなかったので、独りでいても特に何も感じていなかった。ただ、デザインの仕事だけはそれなりにやりがいを持っていた気がします。そんなとき、ある酒造メーカーの仕事が入りました。単発ではなく、長期シーズン毎に打ち出す広告の仕事で、鳳凰堂としても悪い仕事じゃなかった。あの男はその仕事の担当責任者で、俺もチームの一員でした。顧客に最終的なデザインの方向性を提案する前の会議の席で、あの男が出したのは俺が出した案とまったく同じものでした。もちろん、そんな偶然あるわけがない。騒然となる会議の席で、あの男は言いました」
――瀬戸が今回の仕事の件で、いろいろ悩んでいたのは知っている。それを放っておいたのは俺の責任だ。
「あの男は俺の肩を抱いて、そんな偶然もあるさ、気にするなと笑った。いいか、みんなもこの件で瀬戸を責めるなと。スタッフからの信頼も、人望も厚かったあの男の言葉に、表立って異を唱えるものはひとりもいませんでしたが、皆納得していないのは明らかだった。あとで、俺とふたりきりになったときに、あの男は涙を浮かべながら土下座しました。すまない、つい出来心でしてしまったのだと。これがバレたら俺は破滅だ、二度としないから黙っていてくれないかと。そのあとしばらくして、なぜか俺があの男に散々言い寄って振られたことになっていました。それを恨んでのことだと。前に別のスタッフに男と一緒にいるところを見られたこともあるし、別段ゲイだということは隠してはいなかったので」
「……それがお前が盗用したと思われた理由か」
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