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第44話
事の発端は、たわいもない世間話から起こったそうだ。AOCの上役のひとりが他社のデザイナーと接待の際に、偶然瀬戸の噂話を聞いたという。うちとの契約を白紙に戻せと強引に迫る上役に、担当の小島さんも他社との競合コンペにするというのがせいぜいだったという。はっきり言ってこれまにでかかった時間や労力はすべてこちらの無駄になる。
「それで他社というのはもう決まっているのですか?」
額の汗を何度も拭いながら頭を下げる担当者が告げたのは、瀬戸が前に働いていた大手広告代理店の名前だった。
「ひょっとして、その噂のでどころというのも鳳凰堂さんですか?」
「犬飼」
「いや、だってこんなのは明らかにおかしいでしょう。正式な契約はこれからだったとはいえ、それも形式的なことで、ほとんど決まったも同然だったんですよ」
怒りの矛先を収めることができない犬飼に、小島さんは申し訳ありませんと頭を下げた。担当者が帰ったあと、会議室は重たい空気に包まれた。
「まあ、そういう訳だ。瀬戸」
笠井の呼び声に、入口付近の壁にもたれかかっていた瀬戸が視線を向けた。
「いいか、勘違いをするなよ。お前は何も悪くない。今回の件は運が悪かったんだ」
「わかってます」
淡々と答えた瀬戸の表情からは、何の感情も読みとることはできない。犬飼は頭を掻くと、会議室から出て行く笠井に続いて仕事に戻ろうとする瀬戸を呼び止めた。
「少しいいか」
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