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第53話
そむけた顔に、瀬戸の強い視線を感じた。こんな情けない自分を瀬戸はどんな顔で見ているのだろうと思ったら、苦い笑みが口元に浮かんだ。
「言っておきますが、俺の気持ちは変わりませんよ。さっきも言ったとおり、AOCのコンペは犬飼さんのデザインでいきます」
「瀬戸!」
声を荒げた犬飼に、瀬戸はほほ笑んだ。犬飼は思わず息を呑んだ。瀬戸の眼差しは静かで、冷静な光を浮かべている。その瞳を見ていたら、それまで懸命に虚勢を張っていた犬飼の心がほろりと解けた。
「あんたはやる前から負けるつもりでいますが、俺は負ける気なんてないですよ」
眉をひそめ、瀬戸を見る。いったい瀬戸が何を言っているのかわからない。
犬飼さん、と呼ばれ、犬飼は瀬戸に導かれるままに腰を下ろした。イスを引いて犬飼の前に座った瀬戸が、身を乗り出すようにして話しかける。
「昔、あんたに偶然再会したとき、仕事をしていたあんたはすごくうれしそうだった。俺がとうになくしたものを、あんたは持っている気がした」
笠井の下について、初めて手がけた広告を前にしたときの感動は忘れることができない。うれしくて、誇らしくてたまらなかった。いつか手伝いではなく、自分ひとりでもこんな広告を作りたいと心に誓った。
「俺が前の職場を辞めて、この会社に入ったときもそうです。あんたはちっとも変わっていなかった。いつでも、どんなときでも、あんたは目の前の仕事を大事にしてた。デザインをするのがうれしくてたまらないって顔で、きらきらしてた。俺は、あんたがつくるデザインが好きです。あんたらしい、誠実でやさしさにあふれている気がする。誰にも真似することのできない、あんたにしかつくることのできないデザインだ」
まっすぐに自分を見つめて話す瀬戸の瞳は穏やかで、犬飼の胸の奥に突き刺さる。
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