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 皆がひとつのペットベッドの前に立つ。周りでは猫たちがドタバタはしゃぎ回っているというのに、由弦が言った通り目の前にいる子は伏せて眠り身じろぎひとつしなかった。由弦が声をかけてその子を抱っこする。その動きで流石に起きたのだろう、半分だけ瞳が開いていた。それでも、身じろぎすることも無ければ吠えたりもしない。ただ、そこにあるだけ。 「チワワだね」  いつもは明るい湊の声もどこか沈んでいる。そっと手を伸ばして頭を撫でても何も反応しないその子は湊の言う通り、白と黒のまだら模様をしたチワワだった。片耳だけ垂れさがっており、顔はしわくちゃで、ガリガリなのにポッコリと出たお腹が、今までたくさんの子犬を産んだのだろうとうかがわせた。  誰も何も言わない。だが皆の心の中には同じような考えがよぎっていた。  ――もしかしたらこの子は、三ヵ月ももたないかもしれない。  あまりに弱弱しく覇気のない小さな命を前に、誰からともなく決意した。雪也が口を開く。 「由弦。この子を家に連れて帰ってあげよう。僕もこの子に愛情と責任を持つよ」  その言葉に頷いたのは周だった。 「知り合いにペット用品を売っている人がいるから、この子でも食べられる餌がないか聞いてみる」 「そうだね。確か大学の近くに動物病院あったよね? そこに連絡して一度診てもらおうよ」  周に続けて蒼も笑顔を見せる。ずっと頭を撫でていた湊はニカッと屈託ない笑みを見せた。 「家においで可愛い子ちゃん。一緒に、元気になろう」  皆の言葉に、由弦は泣きそうになった。誤魔化すように、ギュッと腕の中の温もりを抱きしめる。それでも、チワワは何も反応を示さなかった。 「一緒に帰ろう。俺たちがお前の家族になるよ」  約束だ。そう誓いを込めて由弦はチワワの頭に口づけを落とした。  犬を迎えるにあたって必要なものを早急に準備し家を整えて、ようやく皆と住むシェアハウスにチワワを連れて帰った由弦は蒼があらかじめ予約してくれていた動物病院へ連れて行き、丁寧に診察をしてもらった。おばあちゃんのように見えたがまだ六歳と若く、両目は伸びすぎた爪で瞳を傷つけたが故に見えていない。耳も汚れがひどく内側は炎症を起こしていた。歯がボロボロだったり膀胱炎やら舐め焼けやら色々あったが、何より皆が衝撃を受けたのは足のことだった。ヒョコヒョコと歩くとは思っていたが、それは足が折れた後そのまま放置され引っ付いてしまったが故のことだと獣医は言った。  この子はどんな思いで今まで生きてきたのだろう。足の筋肉の無さをみるに、散歩も碌にしていないのではないかという。  皆が言葉を失う中、トリミングを終えボサボサだった毛も爪も耳も綺麗にしてもらったチワワが由弦の腕に返される。ずっと由弦が腕に抱き、家へと再び帰って来た。 「名前つけてあげないとだね!」  リビングに降ろした瞬間、ノロノロと角に移動して身を縮こまらせているチワワに視線を向けながら、蒼が殊更明るくそう言った。 「そうだね。ここはお父さんである由弦がつけてあげないと」  雪也が微笑めば、周がコクリと頷く。 「ちゃんと考えてつけてあげなよ~」  そんな風に言って湊が腕をツンツンと突く中、由弦はウンウンと首をひねりながら考えこんだ。なにせ由弦は勉強が苦手なので、パッと良い名前や意味を思いつくことができない。  しばらく悩みに悩んだ由弦は、部屋の角で縮こまっている新しい家族をそっと抱っこし、頭を撫でながら語りかけた。 「決めた! お前は今日からサクラだ。お前の元に暖かな春が訪れるように。な、サクラ」  いつか、サクラが元気に走り回れる日が来ますように。きっと、サクラが幸せに包まれますように。 「サクラ」  あなたを愛する人からの、最初の贈りものを。

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