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第2話「恋人」
「おはよー!佐藤!藤崎!」
目的地の駅につくと、入山がぶんぶんと手を振っているのが改札の向こうに見えた。それに笑ってから2人は改札を抜ける。
和久井とは2度目の対面で、1度目はチームうな重で集まり、年末に忘年会をしたときに入山が呼んで一緒に飲んだ初対面のときだった。
「入山ちゃん、朝から元気だな」
「朝っつうか11時過ぎてるだろ」
「そうだった」
相変わらずの活発そうな笑顔とよく通る声を聞いて、藤崎が困ったように笑う。
「久しぶり」
「どうも」
和久井英治。
入山の恋人で、真面目な性格をしている割に、彼女に仕掛けるいたずらが中々にエグい男である。
入山が長年追って落としたと言う男だけあって、和顔だけれどさやわかで、パッチリとした目と笑ったときにできるえくぼが可愛らしい印象を受ける。
「今日どこ行く?」
「楓さんに聞いて」
「和久井決めてって言ったじゃん」
この2人の面白いところは互いの呼び方だった。
英治の方は普通に楓、楓さん、と名前で呼ぶくせに、入山の方は恥ずかしがってずっと和久井と苗字で呼んでいるらしい。
「あ。そうだそうだ、アレ行こう」
「?」
入山が、ポン、と手を叩く。
「美術館で、アレやってるの。違う大学の美術展」
ちなみに、英治は音大に通っている。
声楽科の2年生だ。
「え。和久井くん楽しいか、それ」
「俺美術も好きだから平気だよ」
ニコリと和久井が2人に笑いかけてくれる。
実際、和久井と入山はよく2人で美術館に行ったりしている為、彼自身楽しくない事はない。
この2人はお互いの趣味を共有するように心がけていて、友人歴の長さもあってそこそこバランスを取りながら一緒にいる。
「さすが。音楽と美術はげーじゅつだもんな。同じ枠だもんな」
「佐藤くん。今の言い方すごく頭悪く聞こえる」
「え!?」
ニヤニヤしながら言う藤崎をはたいてやろうと義人が腕を振り上げるが、藤崎はひらりとそれをかわす。
いつもの事だと見慣れている入山は「はいはい。いちゃこらするなら家帰れー」と言い、和久井も「あっはっはっ」と何を気にするでもなく笑っていた。
「良かった良かった。この間会ったときも喧嘩してたから別れそうなのかなって心配したけど、そう言うあれじゃない訳ね」
「一種の愛情表現だもんねえ?」
和久井の言葉に入山が答えると、藤崎はすぐさま義人の腰に手を回しグイ、と身体を引き寄せる。
「藤崎やーめーろ!!入山、誰もそんなこと言ってないだろ!」
「アンタじゃなくて藤崎が言ってたの」
「え!?」
「ふふふふふ」
呆れたようにそう言われて、一気に顔面に熱が上がってくる。
藤崎は怪しげな笑い声を漏らしながら、入山と和久井に見せつけるように義人との距離をつめ、すりすりと頭同士を擦り合わせて上機嫌そうだった。
「やめろキモい!!」
バシン!と藤崎のこめかみ辺りに衝撃が走った。
顔を真っ赤にした義人が藤崎を自分から引き剥がそうとグイグイ胸を押し返してきている。
「なーんーでーよー。彼氏でしょ、佐藤くんは」
「外でくっつかない派の彼氏な!!」
「あはは、家でならいいんだね」
「そッ、そう言う意味じゃない!!」
「照れんなよ、佐藤くん」
「あーもー、行くよ!」
入山の一言で和久井が歩き出すが、義人と藤崎の乱闘は治らず、しばらくしてやっと藤崎の腕が解けてから歩き出した。
「おー。学生無料だって」
「よっしゃあ」
和久井の言葉に入山が笑い返す。
側から見ているともう何年も何年も一緒に過ごしている熟年カップルにも見えるその姿は、どこか義人には羨ましく見えた。
「あ、佐藤くん夕飯何がいい?」
「え?もう夕飯考えんのかよ」
気を遣っている訳ではないのだろう。
入山と和久井は手を繋いだり腕を組んだりしていないが、自然と肩が擦れるくらいの距離感に立ち、鼻先が当たりそうな間隔で笑い合う瞬間がある。
(俺達はあれはできないなあ)
義人にはそれがどうしてだか、とても綺麗なものに思えた。
「佐藤くんが、」
「?」
するり。美術館を入ってすぐのそこで、隣に立っている藤崎の腕がゆっくりと義人の腕に絡みついてくる。
手をそのまま指まで絡められ、グイと持ち上げられる。
「え?」
交差する指を擦られ、ヒク、と右手の指が一瞬びくついた。
「佐藤くんがおいしいって言って笑ってくれるから、ご飯作るの俺の生き甲斐なんだよ?」
「っえ、!?」
持ち上げられた手が藤崎の口元に寄せられ、ちゅ、と小さく手の甲にキスをされる。
あまりにも唐突なその行動に一瞬義人は唖然としたが、直ぐに意識が戻り、その瞬間にまたバタバタと暴れ出した。
「てんめえ公共の場で何しやがる藤崎ッッ!!」
「おーおー、照れなさんなって」
慌てつつ顔を真っ赤にして暴れる義人を見ながら、藤崎はヘラヘラと笑っている。
「大体くっつくな!手を放せ!顔近づけるな!」
「なんでー。他のカップルはしてんのにー」
「してねえよ!男同士はしてねえよ!時と場合考えろよ!!」
「何で男同士だと時と場合考えなきゃいけないの?」
「ばっ!!、、か、それは、」
切なそうな視線が義人を見つめていた。
それでも、繋がれたままの手は微かに震えている。
「付き合ってるんだから、普通だろ?」
「あ、」
顔を覗き込む藤崎は、ジッと義人の返事を待つ。
義人は眉をハの字に下げ、居心地悪そうにしながらも、何か言わなければと小さく口をパクパクさせていた。
(つ、付き合ってるって、、付き合ってるけど、付き合ってるって普通に人の目の前で手とか繋ぐの、入山達みたいな距離感でいていいの?いや、あれ結構恥ずかしいし、でも藤崎はそうしたいの?いや、でも、えっと、、!!)
「あ、あの、」
か細い声が漏れた。
「普通のカップルでもそこまでくっつかねえし、それ痛いカップルの場合だから止めなさい」
「え?」
「チッ、、流石だよ入山ちゃん」
困惑しきって混乱していた義人と舌打ちした藤崎の間に入り山が割り込み、ベリっと2人は引き剥がされる。
「アンタ本当に性格悪い!佐藤困らせて喜ぶな、興奮すんな、何年生だ!!」
ガッと藤崎の肩に拳をぶつける入山を見て、義人はやっと自分が藤崎にからかわれていたのだと気が付き、途端にまた赤面して藤崎に襲いかかる。
「ふーじーさーきーー!!」
普段からスキンシップは多いが、確かに義人の意見を全く聞かず自分がしたい事を押し付けてくる程、藤崎も自分勝手ではない。
つまり、完全にからかわれていたのだ。
「怒った顔もかわいーなー!」
「何だとコラァ!!」
「いいから受け付けで学生証見せろお前ら!!」
目当ての展示会会場の入り口手前に置かれた机で受け付けが開かれていて、和久井は1人でそのそばに立ち、こちらを見て笑いながら手招きしている。
怒った義人に背中を殴られながら、藤崎は横にいる入山にガミガミと何か言われて「ごめん」と繰り返していた。
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