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第3話「視線」

「あ、これ色がいい」 「ほんとだ」 静まり返った展示会の会場に靴音だけがコツコツと大きく響く。 話している義人と久遠の声は小さく、コソコソとしていた。 入山と和久井はペースが早く、もう次のフロアを見ている。義人達も自分達のペースでゆっくりと場内を巡っていた。 順路などがある訳でもないが、とにかく全ての作品に目を通している。 「あ、これ友達だ」 「ん?」 作品の傍のネームプレートの見覚えのある名前を指差して言った。 藤崎は義人の隣にぴったりとくっつきながら、先程からすれ違う女子の視線を集めている。 義人はそれを何となく感じ取っており、何処となく気まずくなっていた。 (何で目立つかなーこいつ、、いや、目立つか) 恋人である義人が誇りにすら思う程、藤崎の顔の作りは異常に良い。 入山はいつも気を遣うように「アンタも顔いいでしょ、変に拗ねるな!」と言ってくるときがあるが、義人はあまりそう思う事ができた試しがなかった。 「これ先輩だね」 「あ、、ん?どれ?」 「これ」 基本的に距離感の近い2人ではあるが、友人達がそばにいないときは義人が一方的に距離を取っている。 自分達の関係を知っている数少ない友人の内の誰かがいてくれれば何が起こってもフォローを貰えるが、いない場合はそう言う視線を受けないように務めていた。 そう言う、自分が「ゲイ」だと疑う視線を。 「ほら3年の、時々乗り込んでくる」 「んっ、、ああ、あのうっさい人な」 藤崎はそう言った事をあまり気にするたちではない。 今もこうして距離を保とうとする義人のそばにぴたりと付いて誰も見ていない事が確認できるとスル、と義人の手の甲をくすぐるように撫でてくる。 彼がバレるのではないかとハラハラしている事も承知しているので、きちんとバレない瞬間を狙っている訳だが。 「藤崎、あんま、、」 「ん?」 「だから、手を、」 「え?繋ぎたかった?」 「なッ!?」 そう言って、するりと指を絡めて手を繋いでくる。 「は、な、せ、このバカ!!」 「ははは。ひどいなあ」 「いい加減に、!!」 「じゃあさ」 「なんだよ!」 コソ、と耳元に藤崎の口元が寄った。 「帰り。駅からアパートまでは、ずっと手繋いでいい?」 「はあ?」 あまりにもバカな発言に、素っ頓狂な声が出る。 しかし、目の前の藤崎はいたって真面目な顔をしていた。 「、、、」 「いや?」 付き合ってから1年。この攻防はその間ずっと続いていた。 ゲイだとバレたくない義人と、バレても気にしない藤崎。ここの考えだけはお互いに譲ることができないまま、義人の意見に沿う形で公にはしない、と言う方向で今は進んでいる。 「別に、いやって訳じゃねえけど」 藤崎が普段譲ってくれている分も勿論義人は理解していた。 何かにつけて自分とくっついていたがり、この1年の間、毎晩のように自分を抱いたこの男が外ではあまりバタバタせず手を繋ぐ事も我慢してくれている。 だからこそたまにこう言った提案をされると弱さが出てしまった。 「じゃあ、約束な」 そうして、手が離れる。 少し名残惜しいと思うのは、義人自身も本当はこの無駄に顔のいい男が自分の男である事を常々言って回ってやりたいと思っているからだった。 「おそーい」 「ごめん、めっちゃ魅入ってた」 「あはは!ね!別に怒ってないよ、お腹減っただけ」 「結構見応えあったね」 お腹がすいたと騒ぎだす入山と違い、和久井がそう言う。 彼自身が結構楽しめたと言う満足感のある表情をしており、義人は何となくそれが嬉しかった。 会場の出口から少し離れたロビーのベンチに座り、入山がバタバタさせている脚をパン!と叩き、「はしたないからやめな」と抑制すると和久井は立っている義人と藤崎を交互に見た。 「そろそろお昼行こうか。楓が死んでも困るし」 「おい待て和久井。今の全然愛がない」 「込めてないから」 「くッ、恋人の死をそんなに軽く語るとは!!」 とか何とか言っているが、和久井が入山の飽き性と体力の無さを見込んでさっさと美術展を回っていた事を義人と藤崎は見透かしていた。 ((愛されてるなあ)) 「何で2人とも笑ってるの?キモくない?」 「ははは!入山ちゃんかわいーな、うん」 「入山、お前可愛いよ、うん」 「いつもは言わないくせに。顔いいお前らに言われても苦しいわ!胸が痛いわ!!」 「楓、うるさい」 「和久井はフォローとかしろ」 ギャアギャア言いつつも、和久井に腕を掴まれて連れて行かれる入山。 普段勝ち気で男勝りであり、遣う言葉も時と場合でこんなにも雑になるが、入山は和久井の前ではニコニコしている時間が増える。 (好きなんだなあ) 見ていて安心できる恋人達だった。 「お似合いだよね、何だかんだ」 隣の藤崎がニッと笑った。 「和久井くんが面倒見なきゃとかいう理由が分かるな」 そう言いつつ、2人の後について歩き出す。 来た道を戻るように美術館の出入り口へ向かい、話しながら自動ドアを通り抜けていく。 「俺と佐藤くんも、お似合いだよね」 「はあ?」 また唐突な藤崎の発言に、チラ、と周りに人がいない事を確認する義人。 外に出た瞬間に正面から身体に当たる勢いのある風を受け、一瞬息を止めた。 「美術展。見て回ってた時、ずっと周りの子達がこっち見てたし」 「そりゃお前がいればな」 プハ、と息を吐き出した。 風が運んできた埃くさい匂いがする。 ため息が出そうになるのを食い止めながら、義人は呆れたように藤崎にそう返した。 顔で選んだ訳ではないが、顔が良いのは分かっている。見せ物みたいに連れ歩いているようで、たまに自分が嫌になる。 不釣り合いな友達と思われても仕方なかった。 けれど、不釣り合いな恋人と思われるのは、どうしても義人には耐えかねるものだった。 「何言ってんの。2人いないと、あの子達こっち見なかったよ」 「何言ってんだ、お前」 (お前見てたに決まってんじゃん) 男として嫉妬しているのか?と問われれば、違うと即答できる。 そうではなくて、この男の中身も知らずに外見だけを高評価する馬鹿に周りをうろつかれるのが義人は気に入らないのだ。 「絶対佐藤くんが受けで俺が攻めだって、皆言ってたよ?」 「お前それ絶対嘘だろ!!」 立ち止まってこちらを見下ろしながら笑う、5センチ高い視線を睨み返して吠えた。 「嘘じゃないって。あーあ。俺のことずっと見てたから、周りの子の声が聞こえなかった訳か」 「え、、?」 「見てたよね?俺のこと」 「ッな、なに、はあ!?お前馬鹿じゃないの!?」 そして何より本当は、特等席でその完璧な笑顔を見れる自分と言う恋人がいるのだと、全員威嚇して回りたいときがあるのだった。 「ずっとは見てねえよ!」 藤崎の肩を殴ろうとした手が、ひらりと宙を切る。 また逃げられた。 「否定するのそこなんだ?」 「うるさい馬鹿たれ!!」 そして右脚のローキックが藤崎の脛に入る。

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