4 / 61
第4話「違い」
昼飯の最中に藤崎はずっと義人の靴に自分の靴を当ててくっついていた。
藤崎と義人が付き合ってもうかなりの時間が経った。
何もかもがまだまだ慣れない義人であっても、これだけ一緒にいても嫌にならない存在がそばにあると言うのは自分的にもやはり興味深く、何より今の藤崎には誰よりも詳しくなっていた。
藤崎は外食の最中はどこか一点を義人の体にぴたりとくっつけてくる。
椅子に座っているときは靴か膝、飲み会でお座敷なんかのときは酔っぱらったフリをしながら抱きついているか、テーブルの下でバレないように手を重ねて来る。またはあぐらをかいた膝をこつんとぶつけるかだ。
バレないように、と言うところだけは徹底されていた。
初めはいろんな場面で義人はハラハラしていたし、勿論今もするときが多い。
けれど実際に「2人はどう言う関係?」と聞かれた事はなかった。
「佐藤くんこれ食べる?」
「ん?んー、ひと口」
「そっちのもちょうだい」
「いいよ、取ってって」
ルームシェアする程仲が良いと言う設定にしている2人だが、人前でお互いのものを食べたりと言うのも極力抑えている。
気の知れた仲間といるときはこの辺の事は普通にしていた。
別段入山も和久井も驚かず騒がないので何の気無しにこんな行動が取れる。たまに遠藤がいる場合、「見せつけんなうぜー!!」とか叫ばれるので彼女の前ではあまりやらない。
「いやー、結構楽しかったし同じ予備校だった人とかいたなあ」
他大学の展示会を見終わった4人は美術館から駅までの間にあった大きめのカフェに入って昼食を取っていた。
4人掛けのテーブルに付き、サンドウィッチやパスタ、サラダを食べながら見て回った展示会の話で盛り上がっている。
こうして休日に一緒にいれば、藤崎は義人に合わせてきちんと食事を取るのだが、義人がいない場合はお菓子で済ませたり偏食が発動して肉を焼いて食べるだけ等、かなり雑な食生活になってしまう。
義人は藤崎がきっちりサラダとパスタを食べているところをチラリと見てから、また3人の会話に入る。
「あー、予備校仲間かあ」
前に実家に数日帰ったときは、その期間ずっと昼飯しか食わなかったと藤崎は言っていた。
義人がいる場合はなるだけどんな料理も一緒に作って食べるが、フライと天ぷらは食えるがエビが嫌い、特にエビチリなどぷりぷりした食感がダメだとかは良くある。あと聞いたものでは、朝は赤飯の豆が食べられないとか、時々変に肉が食べられなくなる等色々あった。
変人とは思っていたが、付き合ってみると全貌が見えてくる。
強がっている割には何だかんだ寂しがりであり、くっついていないとどうしようもない性分で、1人で寝るなんて言うとキレられた事もある。
更に言えば喧嘩になって義人が黙り込みの無視を始めると、とにかく口説いてくると言うおかしな癖までつけてしまった。
「じゃあ、ここで」
「おう、またな」
藤崎が完璧ではないのだと言う事が義人にはこの1年で痛い程理解できた。
それが嬉しくもあり、また少し迷惑にも思えている。
「次は男子会でもしよう、和久井くん」
昼食を平らげ、会計を済ませた4人はその後近くのショッピングモールを見て周り、午後16時半に解散となった。
入山は家族と予定があり、和久井はバイトが入っているらしい。
「あー、いいね。楓抜きで男子会」
「いや男子会ならそりゃ私はいないけど、え?どう言う意味?」
「まあまあまあ。帰ろ帰ろ」
「あ、和久井!!」
「じゃーねー」
「喧嘩すんなよー!」
手を振りながら別の路線に乗る為に遠ざかって行く2人に声を掛け、手を振り返すと義人と藤崎は顔を見合わせる。
「帰ろっか」
「ん」
楽しかった、と笑い合い、改札機に電子カードを押し付けた。
「はい」
「え?」
アパートの最寄り駅で降りるなり、藤崎は義人に左手を差し出した。
改札を出て数歩歩いたそこで止まり、義人は彼を見上げてキョトンとしてみせる。
「なんだよ」
「忘れたなんて言わせないよ〜、はい、手繋ご?」
「はあ!?、、あ、そっか!」
思い出した約束に、義人は正直戸惑った。
誰かに見られたら絶対に変な顔をされるし、その行動はゲイだと世間に公言しているようなものだ。
そう考えると、いつも頬に触れるその優しい大きな手に自分の手を出せない。
「ッ、、」
「、、、ん?」
藤崎が覗き込んだ先には不安と困惑が入り混じったような表情を浮かべる義人がいた。
一瞬、釣られるように藤崎まで眉間に皺を寄せる。
「あの、、えっと」
「そんなにイヤ?」
「っ!」
少し寂しそうな、辛そうな顔が義人の真っ黒な目に映った。
「い、いや、ではない。ただ、」
手を繋ぐ事自体は嫌じゃない。
寝る前に繋いでくる藤崎の指の感触は好きだし、恥ずかしいが繋ぎたいと言ってくれるのは嬉しい。
だが、ここはあくまで、公共の場だ。
「見られるだろ」
どうしてもそれが受け入れられない。
「俺は見られて良い」
「良くない!!」
「どうして」
「そ、の」
義人にも親がいて、藤崎にも親がいる。
もしもこの辺りに住んでいる知り合いに2人が手を繋いでいる場面を見られたら、義人の親の知り合いは間違いなく彼の両親に心配を伝えるだろう。
それはきっと、両親の恥になる。
藤崎の親は違ったとしても、義人の親はそう言う、頭の硬い考えの古い人間達だった。
受け入れられると言う事は絶対にない。
「だから、あの、」
藤崎に対しても義人はそれを感じていた。
藤崎がいつまで自分とこうしているかが分からない。この1年で不安になる事はなかった。けれどこの先、20代前半の自分達が待つ未来には何が起こるかは分からないのだ。
(藤崎が、)
藤崎が女の子を好きになる日が来るかも知れない。
そんな日に、男と付き合っていたと知れたら何が起こるか分からない。
彼の未来を自分が邪魔する日が来てしまったらと思うと、義人は苦しくて仕方なかった。
「俺は佐藤くんと手を繋ぎたい」
自分だってそうしたい。
どんな街中でも、人が多い場所でも藤崎の隣を堂々と独占して、まとわりついてくる人間達を跳ね除けていきたい。
けれどそれがいつか、藤崎の恥になったらどうしたらいいのだろう。
「、、、ん。わかった」
「ぁ、」
呆れたように小さく息を吐くのが見える。
その藤崎の仕草が義人の胸に、ドン、と刺さり、グングンと大きな黒い雲を呼ぶ。
俯いた視線に道路の白線が映った。
「よし。待ってて」
「え、、?」
そう言うと藤崎は1人ですぐそこの駅近のコンビニに入っていく。
置いていかれた義人は、駅の前にぽつんと立ちつくしていた。
「、、、」
怒っただろうか。それとも、傷ついただろうか。
或いはどちらもだ。
藤崎はとにかく自信がある。
ナルシストだとかそう言うレベルではなく、自信だ。男の義人と付き合う事に抵抗がまったく無い。ましてや、それが世間に知れ渡るのもどうでもいいと考えている。
それを理解できない事自体が義人は申し訳ないと感じていた。
堂々としていて良いと言われれば、それは分かる。それでも、恥ずかしい。それに、周りからなんと言われるかが彼にはやはり怖かった。
「、、、」
グッ、と握り締めた拳は微かに震えた。
いつかきっと、この問題を本気で2人で話し合うときが来る。
そのときに、自分と藤崎が果たしてどう言う選択をするのだろうか。
義人は幸せだ。
初めて好きになった人にとても大切にされて、理解ある友人達と一緒にいられる。
だからこそこの先がどうなるかを考えるのはずっと恐ろしい。
「はい!」
「うわッ!?」
携帯電話でも見ているかとポケットから出した瞬間に、後ろから声が掛けられる。
振り返れば、藤崎がニコニコとしながらコンビニのレジ袋をこちらに差し出していた。
「へ、、?」
中身は2リットルのお茶のペットボトル2本。
「なに、どした」
怒っているか落ち込んでいるかと思っていた義人は、楽しげな藤崎を見上げながら袋の中身を指さした。
「無駄遣いとか言うなよ」
藤崎は少し照れ臭そうにしていた。
「お茶だから飲めるし、水筒に入れれば学校にも持って行けるから。いちいちペットボトル買わなくて良くなるってことだ」
「いや、だから、なんで?」
「重いんだ」
「は?」
「だから、2人で持とう?」
「っ、」
そう言って、片方の持ち手を義人の指にかける。
「だめ?」
「あ、いや」
どうしても、お願い。
そんな感じの視線が義人を射止めて離さない。
トクン、トクン、と小さな音が体の中心から聞こえて来た。
「、、持つよ」
「ん。ありがとう」
2人はビニール袋の持ち手を片方ずつ持ってゆらゆらと揺らしながら、今日1日を振り返って笑いながら帰って行った。
ともだちにシェアしよう!