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第1話

                     *  十二月二十三日のことだった。  期末テストの返却も先週には終わっていて、この日はどの学年も学科授業はなく、特別指導などがおこなわれていた。明日はもう終業式だ。 「斯波(しば)先輩っ」  四限目が終わり視聴覚室からでるなり名まえを呼ばれた俊明(としあき)が、声のしたほうを振り向くと、そこには一年生の吉野(よしの)潤太(じゅんた)が立っていた。賑やかしい雰囲気の下級生は、廊下の端っこに立っているだけでも自然と周囲の視線をひいていた。  サラサラとした栗色の髪を跳ねさせて、軽やかにこちらに向かってくる潤太は、滑らかなまるい頬を紅潮させている。第二次成長期も半ばを過ぎるころだというのに、彼はまだまだ愛くるしさ満載だ。 「あれ? 吉野どうしたの、こんなところで。もう四限、終わってたの?」  そこをつかれるとまずいと思ったのか、潤太がわかりやすく目を泳がせた。大きな瞳と一緒に頭まで揺れているが、それもご愛敬だ。その様子から彼が自分を捕まえるために四限目をサボったことが知れて、俊明は困ったな、と頭を掻いた。彼には授業にちゃんと出て欲しい。 「あのっ、先輩っ」  結局質問には「へへへっ」と可愛く笑ってごまかした彼は、すっと自分に向かって手を差しだしてきた。 「はいっ、コレっ!」 「……?」  俊明は目のまえに突き出された彼の握り拳を、いったいなんの仕掛けがあるのだろうかとじっと見つめた。影響力のある潤太に、ついつい周囲の生徒も足をとめて彼の手を注目しだすが、だれもかれもが「……?」といった具合だ。  どう見てもその手には変わったところがないなと思ったところで、彼がはたっとなにかに気がついたような顔をした。 「うああぁぁあっ‼ まじかっ⁉ 持って来るの忘れたぁ!」  廊下に潤太の悲鳴が轟く。どうやら彼は自分に渡すものがあったらしい。  ばっと顔を上げた潤太は、「先輩っ。また後でっ」と云うと慌てて背中を向けて走り去っていった。とたんに爆笑が起きたことで、どれだけ彼が注目を浴びていたのかがわかる。 「なんだ、アレ、おっかしーの」 「俺、アイツ知ってる。陸上部の一年だよ。委員会んとき話したことあるもん」  そんなやりとりを聞き流しながら、俊明は潤太の去っていく姿を目で追った。 「まったく、落ち着きのない子だよな。あぁ、ぶつかった……」  潤太がだれかにぶつかってぺこぺこ頭を下げている姿にくすっと笑う。蒼くなったり赤くなったりする表情がとても豊かで、見ていて飽きない。  俊明は最近ずっと自分のことをストーカーしている可愛らしい下級生を、その姿が見えなくなるまで、しばらくそこに足を止めて見つめていた。

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