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第17話
「だから、やめとけって」
「なに? だから、なんで? なんで大智先輩がそんなこと云うのか、俺ぜんぜんわかんないんだけど……」
掴まれたままの腕が痛い。狼狽えた潤太の声は弱々しいものになった。この状況に心臓は破裂してしまいそうだ。
がしがし頭を掻いた大智が距離を縮めてきた。彼のことは信じていたいが、それでももしも暴力を振るわれたときには速攻で逃げなきゃと、潤太はじりっと足を開くと膝を緩めた。ところが次の瞬間――。
「だぁかぁらぁっ」
焦れたようにはぁっと息を吐いた大智が、両腕をすっと伸ばして潤太の後ろにある窓にトンと手をついた。
これでは腕と窓に挟まれて逃げられない、身動きすらできなくなった潤太は、視線だけを左右に動かした。顔の両横には彼の腕があり、がっちりとホールド状態だ。
(これって、いわゆる、壁ドン⁉)
「え、ええぇっ⁉ 先輩、どうしちゃったの?」
しかも、ちょっと、目が据わってるんですけど……。
大智が間合いを詰めるように寄ってきただけ、潤太は上体をひいた。背中が窓ガラスにぴったりと当たる。これ以上逃げるとしたら下にずれるしかない。それなのにさらに大智は身体を寄せてきて、もうお互いの息がかかりそうなほどだ。
「大智先輩、ふざけるのやめて。ガラスが割れるって!」
お互いの鼻さきがくっつきそうなところで、すこしだけ大智が顔を斜めにした。
(ちょっとまってぇぇ!? このままじゃ俺の唇がぁっ、先輩の口とくっついちゃうぅぅっ!)
ぎゅっと目を瞑って、小さくぱくぱくと口を喘がした潤太は、ふたりの唇が重なる寸前のところで顔をさっと背けた。心臓がどきどきを通り越してバクバクしている。
(ど、どうしよぉぉぉぉ!?)
潤太の何度目かの人生最大のピンチだった。
潤太の逃げた唇のかわりに耳が、大智にキスされていた。
(ひぃぃぃぃぃっっ)
他人の粘膜がじかに触れている感触が慣れなくて、身体をそわそわさせる。
「なぁ……」
低い大智の声が、息とともにダイレクトに耳に伝わり、潤太はびくっとした。
(ひえぇぇぇぇぇぇっ)
今まで感じたことのない大智の威圧感と、耳に響いた歪 んだ声に、潤太は腰が砕けてしまい、「ふぇぇぇ」と情けない声をあげた。ずるずるとその場にしゃがみこんでいく潤太を追うように、大智も膝を床についてくる。
(いったいなにが起きているの⁉ 大智先輩、どういうつもりなんだよぉ)
「あいつのことやめて、俺とつきあわない?」
「へ? え? ええええっ⁉」
云われたことにびっくりして、潤太は悲鳴をあげた。
(なに、なに、なに、なに? 先輩、なに云っちゃってるの? お、俺と、つきあうーっ⁉)
「お、俺とって、だって、大智先輩、――オトコじゃないか!」
すかさずバシッと、頭を叩かれた。
「いてっ」
「あほかっ。お前は今さらなに云ってるんだ? 斯波だって男だろうがっ」
「あっ、そうか!」
こんな状況なのに、てへっと、照れた潤太は頭を掻いた。
(はっ‼ そうじゃない!)
「大智先輩、なに云ってるんですかっ! そういうことは好きな子に云ってあげて下さいって!」
「だから、お前が好きだってことだろっ、わかれよ!」
「う? うっそ――んっ、んぐうぅっ⁉」
潤太の言葉のつづきは、大智のキスに飲み込まれてしまった。
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