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第16話

*  屋上で過ごしたあと、大智は補習のために教室に戻ると云いだした。 「斯波にプレゼントが渡せるように考えておいてやるから、お前も部活に行って来い」  そう云われた潤太は、食堂で大智と一緒にお昼ご飯を食べたあと、いったんそこで彼とは別れた。  そして、十七時すぎ。保健室で俊明へのプレゼントが入った大きな紙袋を抱えて、大智が来るのをいまかいまかと待ち望んでいた潤太のもとに、彼はやって来た。 「やっと補習、終わったの?」  平然と部活を早退してきている潤太に、大智は苦虫をつぶしたような顔をしている。 「ああ、さっき終わった」 「そっか。じゃぁ……」  潤太は先生用の椅子から立ちあがると、紙袋を掲げてポーズをとった。 「じゃじゃーん。名付けて『クリスマスプレゼント再チャレンジ大作戦!』パフパフパフ。決行―っ」 「おいこら、吉野、待て!」  補習が終わったのならば急がなきゃと、俊明を探すつもりで走りだそうとした潤太の腕を、すかさず大智が掴んできた。 「先輩、なに?」 「……斯波は役員室にいる」 「ほんと? 斯波先輩、役員室にいるって」 「……ああ。だから走るな。危ない」  二カ月近く「作戦」につきあわされてきて、大智は俊明の情報を得るプロフェッショナルになったようだ。 「先輩すごーい。ありがとう」  それでは、いざ行かん! と、今度は歩くことを心がけて保健室をでた潤太のあとに、大智がついてきた。場所さえわかればひとりで行けるというのにわざわざついてくるとは、大智は自分のことをよっぽど危なっかしいと思っているようだ。  それにしても、潤太にはなんだか大智の機嫌が悪いように見えた。 (なんか、ムスッとしているし、無口だし)  吹きっ晒しの屋上に置き去りにしたことを、まだ根にもっているのだろうか?  一緒にいるのにそんな顔して黙り込まれると憂鬱になってしまう。なにか話してくれないと場が持たないじゃないかと潤太は、こっそり唇を尖らせた。 「おい、吉野」  やっと話かけてくれた大智にほっとした潤太は、ことさら明るい声で「なに?」と彼を見上げた。 「お前さ、あいつにそれ渡して本当に(こく)るつもりなのか?」 「……名づけて、クリスマスプレゼントを渡して再チャレンジ大作戦! ――」 「いや、タイトルはどうでもいい。……おまえ、これで失敗したら……」  大智はそこでいちど言葉を区切った。失敗したらなんだというのだろう。歩きながら、縁起でもないことを云いだした大智の言葉の続きを待っていると、つぎに彼はとんでもないことを云だした。 「もう、あいつのこと諦めたら?」 (……はい? いま、なんと?)  潤太は足をとめた。気づいた大智も数歩遅れて立ち止まる。 「なんで?」 「なんで、って――」  潤太から顔を逸らした大智は頭を掻いている。 「そりゃ、ま……。その、なんだ……」  やけに歯切れが悪い。いつもとなにか違う大智の様子に、潤太の胸はざわついた。 (なんで、そんなこと云うの?)  今までずっと潤太の相談を聞いてくれて、告白がうまくいけばいいなと励ましてくれていたのに。ずっと一緒に行動してくれていたのに、なぜ今さら。 (応援してくれていたんじゃなかったの?)  彼の変化がわからないうえに、そんなむづかしい顔までされて、潤太はだんだん不安になってきた。いまの大智はなんかちょっと怖い。まるで知らないひとみたいでイヤだ。  逸らされている彼の視線とつぎに目があってしまったとき、どうすればいい? 潤太は数歩進むと、彼を追い越した。 「それでは吉野いっきまーす!」  場の空気を無理やり払拭するために元気な声をだして、潤太はそのまま俊明のいる役員室に向けて走りだした。それは、俊明に早く会いたいという気持ちからではなく、潤太の胸のうちに沸いた、得体のない不安から逃げ出すためだったのかもしれない。 「だからっ! お前いい加減、廊下走るのやめとけって‼」  ここはもう特別教室の揃った北校舎だ。こんな日のこんな時間のこんな場所。自分たちのほかにひとなんて誰もいない。なにが危ないというのだ。  それなのに追いかけてきた大智はまた潤太のことを捕まえる。そこはちょうど、役員会議用の教室が見えてきたあたりだった。 「ほら、ゆっくり歩けって」 「…………はい」  このまま振り切って逃げてしまいたい気分だが、手首をしっかり握りしめられているので諦める。大智はなにも云わない。  さっきの怒ったような顔はもうしていないのだろうかと、こそっと彼の顔を見てみると、大智は口を一文字に結んでいて、機嫌は悪いままのようだった。  はじめて見る彼の側面に、息苦しさを感じる。鼓動がやたらにはやいのは、疾走したせいか、それともいまから俊明に告白することに緊張しているからなのか――、それとも……。 (せっかく先輩のところに行くのに、大智先輩のせいでヘンな気持ちになったじゃないか)  潤太は気分を変えるために、大智に話しかることにした。 「先輩、ほんとに足、早いよね」 「お前も、ちょこまかと充分、すばやいよ」 (――ん?)  潤太は「あれ?」と呟きながら首を傾げた。 (俺は先輩のこと褒めたよね。で、先輩もお返しに褒めてくれているんだよね? 今そういう流れだよね? なのに褒められてた気がしないのは、なせだろう?)  単純な潤太の気分は呆気なく変わっていた。 「云っとくけど、褒めてないからな」 「え、なんで⁉ っていうか、やっぱり!?」  ふいに繋ぎっぱなしだった手を、くんっ、と引っぱられて、潤太はバランスを崩して後ろに倒れそうになった。 「うわっ」  それは引っぱられた訳ではなくて、ただ大智が立ち止まっただけだったようだ。振り返ると大智は繋いだ片手を離さないまま、じっと潤太のことを見ていた。 「……先輩、あの……、なに? どうしたの?」 「なぁ、吉野。やっぱ、やめない? あいつんとこ行くの」 「だから、どうして?」  俊明のいる教室はもう目のまえだというのに、大智はまたさっきと同じことを云はじめた。 (心臓がどきどきしてるのは、斯波先輩がすぐそこに居るからだ)  潤太は大智と繋いでいないほうの手に持った、紙袋の持ち手をぎゅっと握った。 「どうしてって……」  聞きたいようで聞きたくないような彼の答えから、逃げたい気持ちで視線をさ迷わすと、役員室の後ろのドアの小窓から、中にいる俊明の姿を見つけた。途端にきゅんと潤太の胸が締めつけられる。  俊明をひと目視界に入れるだけでも、こんなにもときめいてわくわくしてくる。 (よかった)  やっぱり、自分は彼のことが大好きだ、潤太は胸を撫でおろした。潤太はなぜ彼を好きでいることに、ほっとしないといけないのか、いまは考えないでおく。  窓から見えた俊明はたくさんの模造紙を抱えて立ち動いていた。 (そうだ、コレを渡す前にお手伝いして、ポイントをあげておこう)  潤太は大智の手を振りほどくと両手で紙袋を持って、鍵が開いているはずの前のドアへと足をはやめた。ところがドアを開けようと伸ばした手を大智にとられて、彼のほうへ引き寄せられてしまう。  そのまま両肩を掴まれてしまい、潤太は彼に向き合わされた。大智の腕の力は強くて、簡単に振りほどけそうにはない。潤太は真剣な顔をした彼の様子に、ゴクリと唾を呑みこんだ。

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