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第21話
そして、話は冒頭近くへと、戻る。
「で、吉野、なんで君はこんなところで 、こんなことになっているのかな? 僕にちゃんと教えてくれる?」
「あ……っと……」
寝転んだままの潤太からは、逆さまに見える彼の笑顔が、なぜだか怒っているようにみえた。
「あ、あの……」
告白しにきた相手に、他の男に押し倒されて胸を揉みしだかれている現場をばっちり見られてしまった。
この場合無理にでも云い訳を聞いてもらいたかったのは、潤太のほうだ。
それなのに、ぎゃくに俊明のほうから説明を求められてしまうと、返答いかんによっては彼に嫌われてしまうんだ、と潤太の勘が働いた。
(な、なんて云えばいいんだ⁉)
「えっと……」
潤太がどぎまぎして慌てていると、上に乗っていた大智が「はぁーっ!」と当てつけのような大きな溜息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
(うわぁん、大智先輩、どうしてくれるんだよ! 溜息を吐きたいのも、がっくりしたいのも俺のほうだよ⁉)
潤太が大智の胸を押すと、今度は彼はすんなりと上から退いてくれた。大智はそのまま潤太の正面に胡坐 をかくと、決まり悪げな顔であらぬほうを向く。
「あの、こ、これは、誤解なんです」
潤太は忙 しく服を整えながら、起き上がると窓から覗いている俊明に訴えた。
好きなひとのまえで、ズボンのチャックをあげる行為が恥ずかしくてたまらない。
「なにが、誤解だよ」
「いいから、大智は黙って」
「ふんっ」
口を開いた大智が俊明にきつく去 なされて、ふんと荒く息を吐いた。
(ひぃぃ。こ、こわい)
「なんか廊下が騒がしいと思って準備室から出てきたら、こんなことになっているし。吉野、すごい恰好だね。内容次第では軽蔑するかも……」
『軽蔑』という言葉を聞いてショックを受けた潤太は、俊明に顔を見せることも、彼の顔を見ることもできず、壁に背中をぺたりとつけると俯いてしまう。
つむじのあたりに俊明の視線を感じながら、震える指でコートのボタンまでつけ終わったころには、耐えていた涙が目尻から落っこちそうになっていた。
「だから俺にしとけって。こいつには脈ないって。お前だって俺のこと、もう好きだろ?」
伸びてきた大智の温かい指先が、潤太の涙を拭ってくれた。そのままその指は潤太のこめかみを梳いて、頭に添えらる。その甘い所作に潤太は、こんなときだというのにうっとりしてしまう。
(大智先輩の手、あったかい……)
大智のお陰ですこしだけ気持ちが宥 められた潤太は数回呼吸を繰り返すと、俊明が誤解しないようにちゃんと話をしようと決意した。
(ちゃんと話すんだ)
壁に凭れて座っていた潤太は、上体を捻って俊明に振り向いたのだが。
(あ、あれ?)
俊明の目をみて話すつもりだった潤太だが、彼とは視線を交わせなかった。なぜなら俊明は潤太のことなんてまったく見ておらず、かわりに潤太の正面にいる大智を見ていたのだ。
(な、なに……? なんで先輩たち、睨みあってるの⁉)
へたりこんだまま潤太は前と頭上を、――つまりふたりの先輩を、きょろきょろと見比べた。ふたりを中心にして、なにやら不穏な空気が漂っている。
先に口を開いたのは俊明だった。
「大智。わかってるんだろ?」
(いま火花が散った⁉ なんかわかんないけど、怖いよっ!)
これでは俊明に話しかけるどころではない。潤太はびびって身を小さく縮めた。潤んだ上目遣いは、本人の計算外だ。うるうるした瞳で、俊明を見つめていると漸 く彼は潤太にのことを見てくれた。
「ねぇ? あそこに転がっているの、僕へのプレゼントかな?」
唐突に云われて潤太が辺りを見回すと、離れたところに大切な紙袋が転がっている。大智と揉みあううちに、蹴とばされでもしたのだろう。紙袋から転がりでたプレゼントの箱はへしゃげてしまっていた。
「ああっ、箱がっ……」
中身は無事だろうか? なかには潤太がずっと俊明に上げたかった贈り物が入っているのだ。拾いに行こうと立ちあがりかけた潤太は、しかしつぎの俊明の言葉に固まってしまった。
「いいよ。そんなの大智にあげて」
(が―――んっ‼)
そしてそのひどい言葉に抗議するまもなく、潤太は「よいしょっ」と窓から両腕を伸ばしてきた俊明に、脇を持ち上げられひょいと掬いあげられたのだ。
「うわっ! な、なに、先輩!?」
「僕は、コレでいい」
窓ごしに俊明に背中から抱きしめられた潤太は、彼に顎を掴まれて強引に振り向かされると、唇をはむっと咬 まれてしまう。
そのキスはあっさりしたもので、目を見開いてじっとしていると、ぺろりと軽く舐められたあと、潤太はあっさり解放された。
「へ?、 え?」
潤太はまたその場にずるずるとへたりこんでいった。
(今の、なに?)
すると心のなかを読んだのだろうか。
「禊 だよ」
呆けていた潤太にそう云うと、彼は素敵な笑顔でくすっと笑った。
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