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和臣による恭介へのデンジャラスな想い3
(まあまあだったって、全問正解じゃないか。僕とは雲泥の差だよ)
「和臣ぼんやりしないで、問題が載ってる教科書を出す!」
ぐちゃぐちゃの赤点の答案用紙を見ながら、恭ちゃんが怒鳴った。あまりにもおっかないので、ちらっとその顔を窺うと眉間にシワを寄せながら、左の眉毛だけがぴくぴくと器用に動いていた。
「和臣っ!」
「ひっ! 今から出します、ごめんね!」
気落ちしつつ数学の教科書を出して、問題が載ってるページを開いた。
「いいか和臣、基礎の部分ができてるんだから、それを使って応用すればいいだけの話なんだぞ」
何故だか隣ではなく、背後から僕の躰を包み込むようにして教えはじめた恭ちゃん。
顔のすぐ横に格好いい恭ちゃんの顔が傍にあって、意識せずにはいられない状況だった。横目でそっと、間近にある顔を観察してみる。
ぱっちりした鳶色の瞳が僕の教科書を読んでいるだけなのに、どうしてだろう。教科書に愛おしさを感じてしまいそうになる。
瞬きをする長いまつ毛と同じタイミングで瞬きをする僕は、きっとバカかもしれない。
「おい和臣、聞いて――」
言いながら恭ちゃんが僕に振り向くと、超至近距離で見つめ合う形になった。思いきって顔を寄せたら、キスできちゃう距離だ。
恭ちゃんとキスがしたい、すっごくしたい。しちゃったらその後どうなるか分からないけど、とにかく一度でいいからしてみたい!
そう願ったら、恭ちゃんの顔が近づいてきた。迷うことなく瞳を閉じたと同時に、額に頭突きをかまされた。
「おまえ、何を考えてるんだ?」
「何って……。それは」
「教科書と教科書の間だからこそ、エロ本が目立ってしょうがねぇだろ。おばあさんと暮らしているんだから、見えない配慮くらいしてやれって」
恭ちゃんは目を吊り上げて怒りながら、目の前にある本棚を指を差した。
それは昨日まで見ていたエロ雑誌で使う必要がなくなったため、適当に本棚に突っ込んでしまっていたものだった。
「何なら恭ちゃんにあげようか? 僕それ要らないんだ」
そう提案すると恭ちゃんはあからさまに呆れた顔をして、僕の顔を見つめる。
「要らねぇよ。そんないかがわしい本なんか見つかった日にゃ、母さんに叱られて土日もずーっと勉強づくしにされる恐れがある」
「だったら恭ちゃんは、妄想でヌいてるの?」
こういう本を持っていないということは、そうなるかなぁと問いかけてみたのに、更に渋い表情をして顔を背けられてしまった。
「どんなネタでヌこうが、おまえには関係ないだろ」
「だって僕だけ知られてるのに、恭ちゃんのネタだけナイショってずるいよ」
制服の裾を引っ張りながら、ずるいを連呼してやった。
「いい加減に勉強に集中しろよ」
「無理! 恭ちゃんのネタ元を知るまでは、絶対に集中できない!」
「おいおい……。こんなくだらない話で、和臣のワガママ炸裂って」
「教えてくれるまで、勉強ストップするもん」
さっきの恭ちゃんの真似をして、そっぽを向いてやった。
「……しょうがねぇな。これだよ」
仕方なく目の前に出したそれは、恭ちゃんのスマホだった。
「この中に、恭ちゃんのエロねたがあるの? ダウンロードしたエロ画像とか?」
「そんなもんダウンロードしねぇよ。自分が写した写真の中にあるだけ」
恭ちゃんが直接写したものの中に、それがあるっていうのか!? それってヤバくない?
「見ていいの?」
「ああ。多分、どれなのかは分からないと思うけどな」
自ら操作して、写真を見せてくれたのだけれど――
「この中から、恭ちゃんのエロねたを探すのか……」
僕が想像している以上に写真の枚数があって、一瞬うんざりしたものの、肌色多めの写真を探せばきっと見つかると思った。
「どれどれ……」
通学途中で見かける三毛猫の写真やら僕の目には雑草にしか見えない花の写真、何かの形に見える雲の写真などの風景写真から、クラスメートの写真までたくさんあった。
次々見ていくうちに、自分が写された写真に手が止まってしまう。
それは夏休みに恭ちゃんと一緒に映画を見た帰りに、ソフトクリームを買い食いしたもので、溶けかけたソフトクリームにかぶりつく僕の情けない姿を、ばっちり撮られているとは思いもしなかった。
「うわぁ、こんなものを激写されていたなんて……」
目を白黒させながら食べている僕の顔は、必死そのものに見える。しかも手元は溶けたソフトクリームで汚れていて、見るも無残な状態だった。
「僕の恥ずかしい姿をこんな風に残しておくなんて、恭ちゃんは鬼だね」
「ああ、それか。かわいいだろ。普段おっとりしている和臣の必死な姿は、すげぇ貴重だと思ってさ」
なぜか目を逸らして、しれっとした顔をして言う。
「しかも、最近の僕の写真まで……。何でこんなの撮ってるのか謎すぎるよ!」
画面に大きく表示させたそれは、ちょっと前の出来事だった。
学校帰りにコンビニに寄って肉まんを買ったんだけど、かぶりついた瞬間に肉汁が口の中に勢いよく入ってきて、あまりの熱さに顔を歪ませながら、舌を出してひーひー言ってる写真だった。
「和臣の面白い顔は貴重だからな。残しておくべきものだろ」
「僕としてはすぐにでも抹消してほしいものだって。つらそうな顔して舌を出してる、僕の姿を見て何が面白いんだか」
「たくさんある写真の中から、よくもまぁそれをピックアップしたのな。さすがは幼馴染み、俺の趣味を分かってる」
クスクス笑いながら褒められても、全然嬉しくなかった。
結局、恭ちゃんのエロねたが分からないまま写真の探索は終了し、仕方なく赤点対策の勉強をすることになったのだけれど、恭ちゃんがホッとしたように見えたのは気のせいなのかな――
おしまい
次は大学生時代のふたりのお話です。
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