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リップクリームチャレンジ4

「恭ちゃん、とりあえず今は、頭の中に浮かんだ緑色の食べ物を消してください」  和臣は言い終えたあとに、リップクリームを唇に塗った。 「わかった……」 「いちごを当てたときと同じにしてほしいんだ。僕の唇に触れたあとから、これはなにかなって考えてみて」  微笑みを湛える顔が近づき、和臣の両手が榊の頬に触れて、ちゅっと優しく唇が重なる。 「!!」  香りを堪能しようとした矢先に、すぐに離れた唇。榊は口をぱくぱくさせて、声にならない声を出す。 「恭ちゃんどう?」 「知ってる、知ってる植物の香り。なんだろうな、ピーチに近いけど、それじゃないのはわかる!」 「うんうん!」  オールバックの髪に手をやり、頭を抱える榊の姿を見て、和臣はリップクリームチャレンジをやってみてよかったと、心の底から思った。榊自身、仕事から帰宅したばかりで疲れているだろうけど、それでもこうして自分の相手をしてくれることに、喜びを覚える。 「緑色のひょろっとした植物の、クソっ、頭の中にソイツの写真が出てるのに!」 「ヨーグルトによくトッピングとして入ってるよね」 「それだ! アロエ!!」  子どものようにはしゃいで正解を言った榊に、和臣は拍手を贈った。 「正解。やっぱり恭ちゃんはすごいな」 「和臣がヒントを言わなきゃ、絶対に出てこなかったって」  榊は言いながら、和臣の細い躰に軽く体当たりする。目を合わせてカラカラ笑ったあとに、さっきと同じくティッシュで唇を拭い、お互い次に備えた。 「へぇ、次は白地に茶色のストライプが入ったケースなんだな」 「これはちょっと難しいと思うよ」  してやったりな笑みを浮かべた和臣の唇に、ゆっくりとリップクリームが塗られていく。榊にわかるように大目に塗っていることもあるが、蛍光灯の光を受けて唇が艶めくたびに、榊は思うことがあった。 (臣たんの唇、リップクリームを塗るたびに美味しそうに見えるせいで、正解がわかっても離れがたくなるんだよな) 「はい、恭ちゃん当ててみてね!」  自分から近づかず、榊から手を出すように促した和臣に従い、手を添えずに顔の角度を変えつつ、やんわりと唇に触れた。特徴のある香りと甘みは知っているものだったが、その商品名を言うべきか。それともそれをかけたお菓子の名前を言ったらいいのか、ものすごく迷った。 「う~ん。これは……」  考えながらキスを続ける榊。何度も和臣の唇に触れては離れるを繰り返し、しまいには唇を食む始末。 「ちょちょ、恭ちゃん、食べすぎだよ」  榊の胸を押して食べられることを凌いだ和臣は、苦笑いを頬に滲ませた。 「リップクリームの香りのせいで、つい食べたくなってしまった」 「それで、答えはわかったの?」 「たぶん、メープルシロップだと思ったんだけど、ホットケーキも捨てがたいなと思ったんだ」  和臣は、真剣みを帯びた榊の表情を見ながら。 「メープルシロップで正解だよ。よくわかったね!」 「ギリギリだな。なんかメープルシロップの影にバニラの香りもしてるような気がして、かなり迷った」  そう言いながら、ふたりの視線は最後のリップクリームに注がれる。

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