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第1話
【1】
毎日、朝は午前五時半に起床する。
目覚ましのアラームが鳴る携帯電話を片手に数分ぼんやりして、アルコーヴの寝台を出て簡単に寝床を整える。古い建物ゆえ室内に暖房器具はないが、床下が暖かくなる機能があるし、ここへ入居するにあたって親切な家主が極上の綿布団を含めた生活用品一式を仕立ててくれたので寒さは感じない。
「ふぁ、ぁー……」
二間続きの居間へ向かい、窓辺に立ち、漏窓から差し込むやわらかな日差しを浴びて、欠伸混じりの伸びをする。
歓楽街の外れ、いまは古い建物ばかりが立ち並ぶ景観保護地区にコウの生活する屋敷はあった。近くに一大花街があるわりに昼も夜も静かで、時折、風に乗って管弦の調べが届き、なんとも風情が感じられる。この大邸宅も、その昔は妓楼だったらしい。
コウはその大邸宅の離れを間借りしていた。
飾り彫りの見事な観音開きの扉を開けて、タオル一本を首にかけ、寝間着のまま庭に出る。一歩外に出れば、そこには丹精された中国庭園と井戸があった。
息が白い。寝起きの体温にじわりと寒さが染みて、心地好い。
コウの朝はその庭の井戸水で顔を洗うところから始まる。ひやりと息を呑む冷水で目を醒まし、滴る雫をタオルで拭い、歯を磨きながら朝露に濡れ綻ぶ冬の庭を眺める。
美しい庭だ。枯れ枝が冬の青空の下で細く四肢を伸ばし、岩を切り出して築山に見立てたその麓で幹が根を張る。もうすぐ初雪が降ると天気予報が予測を立てていたから楽しみだ。この庭にうっすらと雪が積もる姿は一見の価値がある。
もしかしたら、母屋の庭よりも、離れのこの庭のほうが手が込んでいるかもしれない。規模や敷地、建物は母屋のほうが立派なのだが、質だけで見るとこちらのほうが気合いが入っているように思う。
まぁ、造園に明るくなく、植えられている木々や花の名にも疎いコウが素人目線でそう思うだけなのだが……。
コウは「俺、どっちかって言うと生まれつき運が悪いほうだけど、良い場所に棲み処を得られたのは幸運だったよな~」と、この庭と親切な家主に恵まれたことを感謝していた。
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