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第1話

 日当たりの悪い場所にある図書室は、夏の匂いが色濃く残るこの時期でもひんやりと涼しい。押し付けられるようにして請け負った図書委員も、今年で三年目に入った。  人付き合いが苦手で、友人がひとりもいなかった中学時代。環境が変わることで、自分の人生も変わっていくのではないかと期待して入った高校でも、俺の生活は灰色のままだった。  たくさんいる生徒の内の一人、その他大勢の誰か。  向けられる視線は、どれも自分を見ているようでそうでない。面倒事を押し付ける時だけしっかりと捉えられる、自分の存在。その事実に寂しさを覚えることすら怖くて、ずっと心を閉ざして、静かに息を殺し生きてきた。  そんな味気ない、特徴もない俺の生活に、ある日突然色がついた。  三年に進級したその年、異色の新入生が現れた。  緩やかな曲線を描く、少し長めに整えられた黒曜石の様な髪。抜けるように白い肌は陶磁器のように艷やかで、触れたら溶けてしまいそうだ。ツンと高い鼻は綺麗に筋が通り、形の良い薄めの唇は、瑞々しい花弁のごとく色味をつけている。  全てが芸術品の様に整ったパーツの中でも、一際目を引くのはその瞳だろう。  髪と同じ色の長い睫毛に縁どられた、くっきり二重で切れ長の、シャープな印象を与える目元。その瞳は闇色をしていて、だけど光を吸い込むと、まるで夜空の星が瞬くように煌めいていた。  そんな天から降りてきたのかと思うほどに美しい容姿をした、少年と呼ぶには些か大人っぽすぎる存在は、鏡写しのようにふたつ、並んで立っていた。  唯一ふたりの違うところと言えば、片方は左目の下に、もう片方は左の口元に黒い点が描かれていること。  誰の顔にも一つや二つはあるそれですら、芸術品だと思えた。  遠くから、その姿を一目見られれば幸せだった。 「こんにちは、高塚先輩」  それが、まさか……こんな風に言葉を交わすことができるなんて。 「こ、こんにちは、藍くん」  ハッとして見上げたその先で、藍がゆっくりと髪を耳にかける。指が、耳が、その仕草が美しい。 思わず見惚れてほうっと息を吐いたところで、ダン、と何かを叩くような音に驚いて視線をずらす。 「あっ、こ……紺くん……も」  こんにちは、と声に出すことができない。鋭く射るように俺を見るその目に、なんだかいたたまれなくなってゴクリと唾を呑み込んだ。 「紺、ダメだよ乱暴に扱っちゃ」  音の発信源は、先日藍が借りていった本だった。カウンターの上に、紺の手が乗ったまま置かれている。 「あ……返却だね。いま、手続きします」  恐る恐る紺の手の下から本を引っ張ると、それは案外簡単に俺の手元へと滑った。 「お願いします。それと、美術で使う絵画の本を探したいんですが、どの辺りにあるか教えてもらえます?」 「え、ああ……ええっと、」  柔らかい笑みを向ける藍の隣から、鋭い視線が向けられたままでしどろもどろになる。その視線はまるで、隠し持っているやましい気持ちを咎められているようだ。 「えっと……どんなタイプのがいい? 人物、風景、それとも……」 「今回テーマは自由なので、色々見て決めたくて」 「だったら、『G』の一番から五番までの棚にたくさんあるから見てみるといいよ」 「ありがとうございます」  お礼とともに、ふたりがカウンターから離れていった。  芸術品のような人が、ふたりも揃うと圧巻だな……とホッと息を吐く。だけどやっぱり、どれだけ美しくても紺のことは苦手だった。  双子がどれだけ似ていても、藍が放つオーラと、紺の放つオーラはその柔らかさが全く違っていた。  藍に話しかけられると、熱に浮かされたようにぼんやりと火照る心は、だけど紺に見つめられただけで氷河期のごとく凍てついてしまう。  彼らが入学して数ヶ月経ったいまでも、紺とだけは一度も話したことがないのも原因だろう。 「絶対、バレてる……」  俺は、藍に恋心を持っていた。まるで異世界の話を聞かされているような、ドキドキ、きらきらするそれは、とても幼稚な想いなのだろうけど。

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