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第7話 狙われた側室

 俺が陛下に提案した案は賛否両論だったが、陛下と財務大臣の強い推しで開催されることになった。 「休戦から二年経っても続いた小競り合いのせいで国内は暗い雰囲気に覆われたままでした。経済的な活気が戻らず苦慮しておりました。しかし!! ワデムがトエランから撤退した今、この闘技大会は国内が盛り上がりますな!」  円形競技場に集まる多くの民衆を前に、財務大臣は肉の詰まった腹を揺らして笑った。 「しかも、ゴーデスを倒した英雄が参加する闘技大会とあっては、さらに興味が集まるでしょう。レオシュ様のお披露目も兼ねていますから、是非とも優勝を狙ってください!!」 「ツカブデ大臣、それくらいにしておけ。レオが返答に困っている」 「これは失礼をいたしました。しかし、この度の装束は陛下と対になっておられるのですね? 見事なものです」  ツカブデ大臣が俺と陛下を見比べて何度も頷く。確かに、陛下のお衣装と同じ紋様を組み込んだ装束は動きやすいが華やかだ。 「陛下、そろそろ行って参ります」 「レオ、油断はするな」 「はい」  その場を辞して控え室へ入る。これは個室を与えられたが、一般参加者は相部屋で殺気が渦巻いているという。というのも、三位までは賞金が出るうえ優勝者はなんでも希望を聞いてもらえるというのだから、なんとしても優勝したいだろう。 「レオシュ様はシードですから、いきなり強敵とぶつかる可能性があります。お気をつけください。傭兵や冒険者にも強敵は大勢おります」  ルーファスたちが装備をつけるのを手伝いながらいう。他の護衛騎士もうんうんと頷いた。 「そうだな。楽しみだ!!」 「レオシュ様……そっちですか」 「クククッ! 俺はな、なぜおまえにはいつも苦戦していたのか、トエランの戦で気がついたんだよ」 「なぜですか?」 「殺気だ。おまえは俺を殺しにこなかった。絶対に勝つ、という気合いもだ。戦いというのは、己の命が脅かされてこそ本来の力が発揮できるんだ」  ルーファスは呆れたようにため息をついた。 「勘弁してください。ほんっとうに! おけがをしないでくださいね!」 「かすり傷程度はあるだろうさ」 「「「御身を大事にしてください!!」」」  笑ってはいけないと思いつつ、俺は試合への期待に心が踊っていた。  準備を済ませて一つ前の試合を控えの席にいた。開会式に並んだ出場者はみんながつわものに見えた。この試合では相手を殺してはいけない。剣を落とす、降参する、気絶させるかのどれかで勝敗が決まる。  普通に一回戦からでも良かったが、陛下が許してくださらなかったんだよな。  俺は三回勝てば優勝か。 「勝者! 騎士サリアン!! では、次の試合は~!! お待ちかねのレオシュ殿下のご登場だ!! 対戦者はA級冒険者のジャクソン! 両者、入場~!」  ――さて、出番だな。 「ご武運を」 「ああ」  ルーファスの声に頷いて闘技場に進み出た。  見物人がこんなにいるのか。  大歓声の中、俺と年若い冒険者が対峙する。  この若さでA級とは、かなりの腕前だな。  対峙した俺たちは礼をして剣を構えた。 「殿下といえど、手加減はいたしません! 俺のチャンスなんだ!!」 「望むところだ。俺も全力で戦う」  ジャクソンの構えは堂にいったもので、若いがかなりの経験を積んでいるとわかる。 「ふっ!!」  踏み込んできた彼の速攻は見事だった。だが、剣を交え力比べに持ち込めば、俺の方が力で勝る。 「くっ!!」  素早くバックステップで逃れたジャクソンを追撃し前方へ踏み出し剣を振るうと、予想どおり反応して剣を受けた。そのまま体重をかけて押し込めば、彼の体がぐらりと揺れた。  たたらを踏んで数歩下がったが、踏ん張りきれずに転倒した。 「あっ!?」  立ち上がる隙を与えずジャクソンに跨り、首筋に剣を突きつけた。 「どうする?」 「参りました……」  素直に負けを認めた彼の手を取り立ち上がらせる。 「あっさり負けてしまうとは……己の未熟さを痛感しました。それに、殿下のおうわさが本当だと身をもって知ることができ、光栄でした。ありがとうございます」 「こちらこそ。君の太刀筋やスピードが素晴らしく、楽しい試合だった。ありがとう」 「っ?! 俺、もっと強くなります!」 「ああ、君はもっと強くなると信じているよ」  しっかりと握手を交わし、互いに笑顔で別れた。控室に戻ると、護衛騎士が難しい顔をしている。 「どうした?」 「殿下、あまり笑顔を振りまいては陛下がご心配なさいますよ」 「そうなのか?」 「ええ。開会式で、男女ともにレオシュ様に熱い視線を送っていたのですが、お気づきではないですよね?」 「まったく」  視線は感じていたが、興味本位だと思っていた。俺には色恋の話はよくわからない……陛下にしかときめいたことがないから。 「はぁ~。あの夜、レオシュ様が抜け出した後で、自分は陛下に間男だと疑われてとてもとても大変だったのですよ?!『この後合流するのだろう?』とか、『何度抱いたんだ?』とか、それはもう恐ろしい形相でした」 「そんなことが……すまなかった」 「陛下の目には、レオシュ様を見つめる者全てがあなたを狙っていると感じるのです。正式に王配となられるまでは気が抜けない、といったところでしょうね。ですから、陛下のためにも親しく接するのはお控えください」 「わかった」  ルーファスの言葉に、驚きと喜びが湧き上がる。そんなにも思われていたなんて!! 「よし。絶対に優勝して、陛下にお願いをしなくてはな」 「そういえば、何をお願いなさるおつもりですか? その、レオシュ様の願いなら大会など出なくても叶えてくださると思うのですが」 「この願いは、閨でねだるような軽いものではないんだ」 (だから、必ず優勝する。公の場で、民衆の前で陛下にお願いをするんだ) 「レオシュ様、次は騎士のサリアンです。われわれの仲間ですので癖などをお教えできますが、本当に聞かずに対戦なさるのですか?」  護衛の一人が心配そうに声をかけてきた。 「あちらも俺の戦い方はさっきの試合で初めて見たんだ。俺だけ詳しく知るなんて卑怯だろう?」 「情報戦も戦力ですよ? それに、彼は宰相派ですから何か仕掛けてくるかもしれません」 「ああ、聞いたよ。宰相が俺を罵ったときに宰相派が出てくると思っていた。この大会の目的は、宰相派を全員叩きのめして見せることだから良いんだ。しかし、一人だけとは意外だ」 「そうですね。見たことのない傭兵が参加していて、騎士から勝利したそうです」 「どんなやつだ?」 「顔にひどい傷跡があるとかで仮面をしています。決勝はそいつとレオシュ様になるのでは、と報告が来ています」  それは楽しみだな。  第二戦に備えて支度をしていると、あっという間に順番が回ってきた。問題の騎士サリアンが相手だ。  一礼をして構える。が、なるほど隙がない。  さすが王宮の騎士だ。  ジリジリと間合いを詰める。観衆は俺たちの緊張を感じているのか静まり返っている。  ザッ!! キィィィ~~ン!!  ほぼ同時に踏み切り鍔迫り合いとなった。俺よりも体格は小さいが、確かな実力をその一瞬で感じた。  気を抜いたら負ける。それに、この殺気は。  ガッ!! ズサッ!!  互いに後ろに下がり最初の力比べは終わった。何度も切り結ぶ必要はない。今のはあいさつがわりであり、次からが本当の攻撃だ。円を描くように回りながら、ジリジリと近付く。サリアンは完全武装の鎧で覆われている。面甲の奥の表情はまったくわからない。 (身軽な俺の方が有利!!)  左に回り込みなぎ払うが、重装備の癖に凄まじい速さで剣を受け止めた。 (さすが王宮騎士、面白い!! ならば、もっとスピードを上げよう。どこまでついてこられるかな?)  ヒュッ! ガッ! キンッ!!  ステップで左右に動き回りながら手数を増やし、彼を振り回す。  重装備では重かろう。  力比べと左右からの攻撃を繰り返せば、重装備の彼の体力は確実に削られる。  鍔迫り合いで、ギシッ、ギシッと剣が軋む。 「くっ……! あんたを勝たせるわけには、いかないっ!」 「何? うぐっ!!」  瞬間、腹に一発入れられ力が抜けそうになりながら後ろによろめいた。審判に見えないように殴ったため、誰も反則に気が付かないようだった。 「剣での戦いのはずだっ!」 「仕方がないんだっ! 私は、勝たなくてはっ!」  思い詰めた声に思わず息をのんだ。 「落ち着け。何か問題があるのなら助けてやる」 「黙れっ!!」  ブンッ!! とヤケクソ気味だが重い一撃をどうにかかわす。  そんな動きでは保たないぞ?  案の定、鎧の重さにバランスを崩し体が傾いだ瞬間、体当たり気味に打ち込むとバランスを崩したサリアンはもんどり打って倒れた。  ガチャガチャッ!! ドドッ!!   音を立てて倒れたサリアンは重装備で立ち上がることはできない。その彼の面甲を剣先で跳ね上げて剣を突きつけると、口惜しげに眉をしかめた厳つい男が汗だくで睨み付けていた。 「くっ……くそっ!!」 「おまえは王宮騎士だろう? フィディーリアの騎士は誇り高いと聞いた。それなのに、なぜあのような反則をした?」 「私のしたことを、審判に告げれば良い……」 「それはしない。だが、俺は理由を知りたい」 「それは……」  サリアンは、顔を動かさずに視線だけを動かした。俺も視線だけでその行方を追う。 (――ミヤイ宰相) 「サリアン、手を貸そう」 「……」  サリアンは大人しく手を差し出し、俺はその手を取って引き上げる際に耳元に囁いた。 「脅されているのなら、瞬きを2回しろ」 「……!」  サリアンは迷いながらも確かに2回瞬きをした。 「俺にまかせろ」 「殿下……」  俺たちは礼を交わし、それぞれの控室に向かう。見上げれば、貴賓席で陛下が俺に拍手を送ってくれていた。  陛下のおわす席の隣には宰相がいる……俺を排除することにしくじったら、陛下に害を成すつもりだろうか? ルーファスたちに知らせねば。 「「「レオシュ様!! お見事です!!」」」  3人は大喜びで出迎えてくれて、最後の相手の試合を分析した結果を話してくれた。だが俺は、腹の痛みに耐えきれずにその場で蹲った。 「レオシュ様っ?! どうなさいました!」  冷やすものを持ってきてもらい、赤く腫れた右の脇腹を冷やす。 「こんな卑怯なまねをする男ではないのに……」 「皆に、大事な話がある。あのサリアンは、宰相に脅されているようだった」 「「「えっ?!」」」  皆が驚いたが、試合中に反則を犯す男ではないため、理由があるはずだと納得した。何しろ、籠手で殴られたせいで鈍痛が絶え間なく襲っていたのだから。 「宰相はレオシュ様より強い者がいると示したかったのでは? サリアンはどんな手を使っても勝てと言われていたとしたら、弱みを握られているのは間違いないでしょう。彼を脅すとすれば家族の線ですね? 調べてみます。陛下にもご報告させていただきますよ?」 「もちろんだ。もう、一人で動くつもりはない」  ルーファスが指示をして、一人の騎士が出て行った。 「気の毒だ。彼の憂いが晴れてくれれば良いのだが……」 「今は決勝戦に気持ちを切り替えてください。このけがでは、動きが鈍るのは必至です」 「そうだな。まず、己がすべきことに集中しよう」  応急処置で湿布を当て、決勝に備えるしかない。相手は仮面の傭兵だ。幸いにも最終戦なので休憩時間が長いので、横になって痛みが引くことを祈った。

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