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第8話 大ピンチの側室
闘技場の中央に俺と対戦者の男が並び立つと、観衆の歓声が響き渡った。
「決勝戦は、傭兵のバリィと、レオシュ殿下の対戦となりました!! 国王陛下に、最後の戦いに臨む二人にお言葉がございます!」
俺たちは片膝をつき、陛下のお言葉を待った。
「傭兵バリィ、そして、わが側室のレオシュのこれまでの戦いはしかと見届けた。最後まで正々堂々とした試合を見せよ」
「恐れながら、直言をお許しいただけますか?」
「――良いだろう。もうしてみよ」
不愉快そうに陛下の眉間にシワがよる。
「……なんでも、望みを叶えていただけるのですね?」
俺はチラリと横目でバリィを見た。仮面で顔はまったく見えないが、この男に見覚えがあるような……それに、この、声は。
「確かに、そう言って募ったな」
「でしたら、こちらにおられるレオシュ様を賜りたく存じます」
っ?! やはり、こいつは! だが、どうやって入国を? 陛下もお気づきだから直言を許したのか?
まずい。万全の状態ではない今、苦戦は必至だ。
「なんだと?」
陛下の声が低くなり、鋭さを増した。
「一目見た時から、是非ともわが妻にしたいと恋焦がれました」
「レオシュは、わが王配となることが決まっている。他の望みなら叶えてやろう」
「自分の望みは殿下のみ。俺が勝利した暁には、ぜひ殿下を連れて帰りたいのです」
「レオシュ」
「はい」
壇上にいる陛下と視線が絡んだ。感情を殺しておられるが、俺のけがは報告済みのはず。
「そなたは、わが王配となる身。必ずやその男に勝利せよ。そなたの望みはなんだ?」
「勝利したのち、お願いを申し上げます」
陛下の御前で勝つ。陛下の背後でニヤつく男に後悔をさせてやる、
陛下の後ろに控える宰相は、わずかに口の端が上がり笑みを堪えているように見えた。
クソ野郎!! おまえが敵に回した男がどんなものか、その目に焼き付けて恐怖をたたき込んでやる!
腹には鈍い痛みが残る。だが、そんなもの――陛下から引き離される以上の痛みなどない!!
「二人とも、礼!!」
審判の号令で礼を交わし、剣を構えた。
ああ、その構え。確かにおまえだ。
「はじめ!!」
試合開始の合図とともに、その男は一瞬で間を詰めて来た。
ガッ!! ギンッ!! ゴッ!!
これまでの誰とも違う重い金属音が響く。荒々しい太刀筋に見えてもただの力任せではないと思い知らされている。
一度対峙しているからこその攻撃は、俺のスピードを殺すための作戦だ。それがわかっていても、戦歴を誇る男の攻撃をいなすのは困難だった。
くっ!! 重い!!
俺よりも体がひとまわり小さいが、筋肉の鎧で固めた男との鍔迫り合いは、額がつきそうなほど近く、互いの荒い息が顔にかかる。
「よぉ、見てたぜ。腹が痛いのか? 動きが悪いぜぇ?」
「くっ! なんの話だ!!」
「騎士様が反則なんてなぁ。おまえ、嫌われてんなぁ?」
「黙れっ!」
ザッとバックステップで下がる。しかし、男の言うように、腹の鈍い痛みはときおり俺の集中を邪魔していた。
円を描くように回りながら、次の隙を窺う。
「ふふふ……おまえが邪魔なやつのおかげで入国できた。俺のところに来れば、昼夜問わずかわいがってやるぜ? 俺に逆らうやつもいねぇしな」
「大きなお世話だ。一体、なんのために来た?」
「おまえがレオシュだと聞いて確かめに来た。国王のオンナがおまえのような男とはもったいない。いつだってぶっ飛ばして逃げられるだろうが」
「俺は自分の意思で陛下のそばにいる」
「まぁ、勝ちゃあいいんだけど、なぁぁ~~!!」
ぐんっと男の体がひとまわり大きくなったように見えた瞬間、避けようのない一撃が振り下ろされた。
受け流せるかっ?!
ガッ!!!! ゴキンッ!!
折れ……た……
確実に受け止めたが、剣が保たなかった。ああ、俺は――負けたのか?
「で、殿下……! 剣が……」
審判が完全に素に戻って俺たちを呆然と見ていた。観衆も静寂に包まれていた。見上げれば、陛下は前のめりになって俺を凝視していた。その眼は見開き、歯を食いしばっていた。
俺は……俺自身は負けていない!! だが、剣がなければ、俺は……
パチパチパチ
静寂を破り、小さな拍手が聞こえた。
「これはこれは! バリィとやらの勝利ですなぁ!」
ミヤイ宰相がさも愉快そうに笑っていた。
陛下、俺は。
「審判! 早く判定をせよ!!」
「はっ、はいっ! しょ、勝者は、バッ……」
「おいおい、待てよ!!」
「は?」
審判の裁定を止めたのは、他ならぬゴーデスだった。
「この大会は剣のみとは聞いたけどよぉ~。俺は、完全勝利をして殿下を連れ帰りてぇんだ。だから、ここからは体術でヤろうぜ?」
この男は何を言っているんだ? そう思ったのは俺だけではない。陛下に対する時のこの男は、貴族然として自国の王へはきっとそうやって敬意を払っているのだと思った。だが、今は宰相を小バカにする粗野で、俺が対戦をした男がいた。
「なんだとっ?! そんな必要はない!! 審判! 早くバリィの勝利を告げよ!」
宰相が金切り声を上げるのを、俺は止めることができない。ポッキリと折れた剣を見つめながら、手が小刻みに震えていた。
「宰相さんよぉ~。俺が勝ってねぇって言ってんだよ。歳くって耳が遠くなったかぁ~?」
観衆がその言葉でどっと笑った。
「バリィ、いいぞ~!!」
「それでこそ戦士だ!!」
「かっこいい~バリィ様ぁ~! きゃ~!」
「殿下は負けてないぞ~! 代わりの剣か体術を見せてくれぇ~!!」
「殿下~頑張って~! かっこいいです~!」
観衆はそんなゴーデスの言葉に沸き、煽り始め拍手喝采だ。ゴーデスを応援する者、俺に声援を送る声が入り乱れた。
「皆の者、落ち着け」
そんな歓声が陛下の一声で静まり返った。
「バリィ、それでいいのだな?」
「もちろんですよ、陛下。そうでないと、この男を俺のモノにしたとは言えませんから」
「では、このまま試合を続けよ」
このままゴーデスの物にされてしまうのかと絶望したが、当のゴーデスに救われるとは思わなかった。
「さぁて、ヤろうぜ。俺のもんにしてやるからな。――今度は負けねぇ」
剣を鞘に納め、判定員に手渡すゴーデス。俺も彼に剣を渡し、震える手を力一杯握り締めた。
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