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第9話 側室は決着をつける
ゴーデスと俺は、全ての装備を外し再び相対していた。互いに汗まみれのシャツとスラックスという、文字通り己の力だけが勝敗を決める一戦となった。この一戦で打撃も蹴りも可能だ。
ジャリッ……ジャリッ……
お互いの隙を狙い、飛びかかるタイミングを図っている。その緊張感は闘技場に伝わり、観客も声もなく見守っているようだった。
しかし、前の試合で痛めた場所も鈍い痛みで俺を苛み始めていた。さっきは興奮で忘れていたが、中断したせいで冷静になったせいだろう。
早く終わらせないと不利だ
ニヤつくゴーデスは、俺のけがを知っているせいか余裕があるように見えた。
「「ふんっ!!」」
殴りかかった俺の腕を払ったゴーデスが腕を取ろうとするのをかわし、組み合って首相撲をしながら、引手を奪い合いバチバチと音を立てて手が激しくぶつかり合う。
不意に飛んでくるボディを狙った攻撃は確実に痛めた位置を狙っていて、必死でガードを固める。
「どうした? あの日とずいぶん違うじゃねぇか! 痛めてても容赦はしねぇぞ」
「ふん! 少しは見せ場が必要だろう?!」
「その強がりも良いねぇ! おらっ!!」
「ぐっ?!」
足を払われ、かわしきれずにもんどり打って倒れ込むと、言葉通り容赦無くのしかかって関節を取ろうとしてきた。とっさに転がり躱し、腹を蹴り上げるとゴーデスも転倒した。
「っ! この!」
「俺は負けられないんだ!!」
立ち上がった俺たちは土を払う余裕もなく、きっとひどい姿だ。ぶんっ!! と風を切る音を立ててパンチが飛んできた。屈んで避けて俺も顎を狙い一撃を返すが、掠った手応えがあったものの、バックステップでかわされてしまった。
だが、その足がふらりとよろけた。
今だっ!!
防御は捨てた。
この一撃に全てをかけて、頭を目がけて蹴りを繰り出し——
ゴッ!!!
「ぐぅっ!」
ゴーデスはとっさに腕でガードをしたが、打ち破るつもりで全体重をかけて振りぬいた。
「おおおおぉ~~!!」
ザザッ!! ズサーーッ!!
「ゔゔっ……」
「はあっ!! はぁっ!!」
目の前には、ゴーデスが大の字になり倒れている。俺の呼吸は荒く、苦しくてたまらない。
心臓が破れそうだ!! 頼むから立たないでくれっ!!
「ぐ、ぐぅっ……そぅ……」
まさか立つのか?! やめてくれ……立つな。その腕は折れているはずだ。
ゴーデスの腕はあり得ない方向を向いていて、どう見ても激痛で動けないけがのはずだ。それでも立とうとして——彼はぐったりと気を失った。
「しょ、勝者、レオシュ様~~!!」
危なかった……!! 陛下……!
見上げると、陛下も席から立ち上がり俺を見つめていた。立場上冷静さを保っておられるが、視線を合わせれば陛下のお心がわかる——
唐突に、俺の世界に音が戻り割れんばかりの歓声に驚いた。集中のあまり何も聞こえていなかったらしい。観衆は俺をたたえるとともに、一歩も引かなかったゴーデスも同時にたたえていて、拍手と称賛の声が飛び交っていた。
「レオシュ様!!」
ルーファスが駆け寄り俺を支えてくれた。正直に言って限界だったので遠慮なく肩を借りる。
「すまない」
「お見事です!! 信じていましたが心配しました。さぁ、控室で手当てをしましょう」
「待ってくれ。ゴーデスのところに……」
「——はい」
ゴーデスは治療班に囲まれていたが、すぐに意識を取り戻していたようだ。
「はっ……また負けちまった……みっともねぇとあざけられても仕方がねぇな……見事だ、レオシュ。俺の負けだ」
倒れ伏し苦痛に顔を歪めながらも誇りを失わない男だった。残虐なのは、自国に与えられた任務を果たすためだったのだろう。
「そんな非道はしない。ゴ……バリィ。あんたは強かった。あんたと戦えたことを誇りに思う。君たち、彼に手厚い治療を頼む。陛下にもしっかり療養できるようにお願いをしておく」
「ククッ……ありがとよ……」
弱々しい声に、ほんの少し同情をしかけたが頭を振って打ち消した。ルーファスの支えでようやく控室へ戻った俺は、休むいとまもなく陛下の呼び出しを受けて謁見の間に向かうこととなった。
さすがに体を洗い着替える時間は与えられたが、急な呼び出しに驚いていた。しかも、謁見の間だ。理由について思いを巡らすが、疲労で重い体を引きずりながら足取り重く向かった。
◇
謁見の間には宰相と各大臣が居並び、慣れない場に緊張しながら陛下の前に傅いていた。
「レオシュよ。よく勝利した。見事だったぞ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「レオシュ、立つが良い。さて、相手の男は恐ろしく強かったな。そう思わないか?」
「——はい。腕の立つ男でした」
わざわざお聞きになるのはなぜだろう。
「少々調べさせた。そなたは外の世界を知らぬだろうが、あれほど腕の立つ冒険者であれば有名なはずだ。だが、誰も知らなかった。そうだな? 騎士団長」
「はっ。顔も名前も知られておりませんでした」
「そんな男が、なぜこの大会に参加できたのか。身元調査はしっかりさせていたにもかかわらず、だ」
「陛下、こちらを」
騎士団長が書類を手渡し、それを陛下が眉を顰めて読んでいる。どうも、いちいち芝居がかっている気がするな。
「この書類自体は正当な書類だし、バリィは王国の人間と言うことになっている。だが、明らかにワデムの訛りがあるし、あの男の正体はレオシュが一番知っている。そうだな?」
「はい。あれはワデムのゴーデス将軍です」
俺が断言すると、大臣たちがざわめいた。そして、ミヤイ宰相は一人顔を白くして立っていた。
「し、しかし、似ているだけかもしれませんし」
「ゴーデスと一騎打ちをした俺が信じられないと?」
「そういうわけでは……」
あの場で元敵国の将軍だと公にしていたら、大変な騒ぎになっただろう。陛下も俺も、だから沈黙していた。ルーファスもゴーデスを見ているから証人になる。それに、ミヤイ宰相は俺たち三人が結託してうそをついていると主張する可能性もあった。
「そもそも、ゴーデスならばトエランで発見されるでしょう。他国の敵将が正式な招待もなく入国できませんからな」
「手引きがあったとしたら?」
「証拠が必要ですな。そうそう、騎士サリアンが殿下に反則行為をしていたとか。いやはや、騎士の風上にもおけませんな」
ミヤイ宰相はあくまでもしらを切り通すつもりらしい。彼の家族を手中に収めている自信の表れだろう。彼に全てを押し付けて逃れる気なのは明白だった。
「ふむ。そのサリアンだが、自白をしたぞ」
「——なんと言っていましたか?」
「そなたに命じられた、とな」
「はははっ!! 陛下、まさかその世迷言を真に受けているのですか? サリアンは、よほど殿下に勝ちたかったのでしょうね。フィデーリア人の強さを認めてほしかったのでしょう」
大臣たちは陛下と宰相の会話を身じろぎもせずに見守っている。
「陛下、ミヤイ宰相、私からもよろしいですか?」
「ツカブデ大臣か。発言を許す」
「ありがとうございます。はいはい、ミヤイ宰相。こちらを見てくださいます?」
「なんだ?」
ツカブデ大臣が差し出した書類を見た瞬間、ミヤイ宰相が固まった。
「ほっほっほ。うまく隠しておられましたねぇ~。ですが、今回のために動かした金のおかげで、全部わかりました。いやぁ、ずいぶんと使い込まれましたなぁ」
「ね、捏造だ」
「このサインをご覧ください。それに、印影も。宰相殿の印は象牙を使われていますよね? 印影は同じものが存在しません。いえ、あってはならない。それゆえに偽造も難しい」
「盗まれたのかも……」
「おや!! 宰相閣下ともあろう方が、印章の管理が甘かったとおっしゃるので?」
「っ!」
にこやかなツカブデ大臣と、顔を引きつらせたミヤイ宰相。
(あの大臣、意外とちゃんとしているのだな。てっきり、ただのゴマスリ男かと思っていた)
「さて、ミヤイ。横領の共犯にしていた部下が耐えきれずに自白した。数日前、休暇を与えてトエランにやったな?」
「私が行かせたのではありませんよ。彼が自分で向かったのでしょう」
「ほう。すべて他人に押し付ける気か?」
「なんのことやら……」
ミヤイ宰相は冷静さを取り戻してシラを切っている。
「では、彼に出てきてもらおう」
陛下が手を振ると、扉の奥からサリアンが現れた。
「サリアン」
「宰相閣下、私はすべて陛下にお話ししました」
「何をいう。そなた、誰かの回し者か?! そのようなまねをして、家族がどうなるかわかっているのか?」
「妻と娘は陛下が助けてくださいました。閣下にずっと仕えておりましたのにこの仕打ち……お恨み申し上げます」
「なっ?!」
青ざめて後退りするミヤイ宰相を逃すまいと、騎士が取り囲む。
「待て」
陛下の涼やかな声が響いたかと思うと、玉座から降りてこられミヤイ宰相の前に立った。
「ミヤイ。横領と、不正に他国の人間を入国させレオシュを排除しようとしたな? 大人しく縛につけ」
「ご、誤解でございます……」
それでもじりじりと後退するミヤイに、陛下は隣にいた騎士の鞘から剣を抜き首元に切っ先を突きつけた。その首には一筋、赤いものが流れた。
「ヒッ! ヒィィ~!」
「その口から言えぬのなら、もう一人証人を出してやろう」
陛下は、これまで聞いたことがないほど硬く冷たい表情と声音でミヤイ宰相に迫っていた。
こんな時だが……なんて凛々しいんだ。
一時的な王だとご自身が言っても、皆が引き止めるのがわかる気がする。この方は王者の血筋なんだ——
一人陛下に見惚れていると、もう一人の証人が現れた。それは、まさかの男だった。
「ゴーデス……?」
俺を見てニヤッと不敵に笑ったのは、まごうことなきゴーデス本人だった。だが、俺より驚いていたのはミヤイ宰相だ。
「なっ!? なぜおまえが!?」
それ以上は言葉に詰まり絶句していた。当然だ。ワデムの将軍が、しかもこの国の将を大勢に殺した男が現れたのだから。
「よぉ。宰相様。その節はどうも」
左腕を固定して痛々しい姿ながら、声には力があった。
「ゴーデス将軍だな? さて、どうやって入国したのか話してもらおう」
「いかにもゴーデスだ。簡単な話さ。国王陛下の愛人をいただく機会を伺っていたら密書が届いたのさ。殺しても良し、自国に連れ帰っても良しという内容だ。口止めの大金もな。そして、貨物用に扮した馬車を利用した。それは王室御用達で検問にはかからない特別な馬車だったのさ」
「その馬車を手配できるのは、私と宰相だけだ。違ったか? ミヤイ」
「そ、そこにこやつが勝手に潜り込んだのです! 私は何もしておりません」
あくまでも認めないミヤイ宰相に、ゴーデスは豪快に笑った。
「ほらよ、ギディオン陛下。これは、我が国でも輸出には厳密な規制がされているものだ。それが、なぜかその馬車に積んであった。ご丁寧に宝石の箱に入って山積みだったぜ」
ゴーデスが懐から出してきたのは、小さな箱だった。箱を開けた陛下のこめかみに青筋が浮いて、無言だが激怒しているのがわかった。
「火石か。これは、謀反でもたくらんでいたのか?」
火石? 確か……爆裂する珍しい石で、扱いも非常に難しいとか。武器として使うと大勢を一度に殺傷できるため、厳重に管理されていると聞いたな。
「違いますっ!」
「私は輸入を許可していない。衛兵、ミヤイを牢へ入れておけ。サリアンは、人質を取られていたとはいえ、騎士にあるまじき行為をした。それなりの罰は覚悟せよ」
「はっ」
「陛下っ!! 私は何も陛下を害そうとしたわけではなく!」
「見苦しい」
ミヤイ宰相は暴れたが、屈強な騎士に敵うはずもなくずるずると引きずられていった。
「みなのもの、護衛を残し下がれ。私は彼と話がある。レオシュは残るように」
皆は一礼をして去っていき、最低限の護衛が残された。
「さて、ゴーデス。まずは、証言に感謝する」
「これはこれは陛下、ご丁寧にどうも」
なんという肝の据わった男だ。味方が誰一人いない場面でも陛下から視線を逸らさずに、凛とした立ち姿だった。
敵でなかったら、きっと心強かったろうに。
しかし、これからどんな話がなされるのだろう。二人の間の緊張感に、俺や、その場にいる者たちは息を呑んで見つめていた。
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