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episode1 塁①-2
◆ 塁 ①-2 ◆
A球団の本拠地は西東京にある。年間のおよそ百五十試合のうち半分がホームゲーム、半分が相手チームの球場で戦うビジターゲームだ。半分がホームゲームといっても本拠地以外で行われることもあるため、塁は本拠地のすぐ側ではなく都心に住む選択をした。関東での試合ならば高速道路でどこへでも行きやすいし、今日のようにチームメイトとの飲み会――合コン――も結局この近辺ですることがほとんどなので生活しやすい。
西麻布でタクシーを降りる。普段から華やかな街にクリスマスムードが加わり、すれ違う人々の浮かれた気分が伝わってくる。冬の陽はとっくに沈んでいるのに明るすぎる街。
店に入り帽子とマスクを取るとすぐに個室へと案内される。時間になると全員がそろった。
今夜の飲み会は、チームの先輩が三人と塁、それから後輩が二人来ている。女性陣は女子アナがほとんどでグラビアアイドルも来ていた。女の子もぴったり六人いるのだが、塁はその六人ともと面識があった。面識……、というのか、ぶっちゃけやったことがある。
――今夜は先約があると言って帰らないと。
塁は同じ女を二度は抱かない。……そう言うとプレイボーイ的な格好良さがあるかもしれないが、実のところは抱けないのである。何故だか本能が拒絶する。塁にも理由はわからない。いや、本当は薄々気付いている……、かもしれない。
とりあえずはっきりしていることは、何人の女性と関係を持とうと結婚願望が湧かないということだ。
いつものように塁のまわりに女の子たちが寄ってくる。塁は外国のビールを飲み、女の子たちはやたらと見た目がかわいらしいカクテルを飲んでいる。
先輩たちがどの子を狙っているかを見極めてうまく誘導するのが塁の仕事だと思っている。
「矢本さんのお陰で俺、一軍でやれてるから」
「そうなんですかぁ」
「俺が調子悪かった年、矢本さんが自主練付き合ってくれて、たぶんそのあと監督に俺のこと『調子が戻ってる』とか口添えしてくれたんだ。じゃないとあの年は絶対二軍だった」
自主練を一緒にしたことはある。ただそれだけだ。矢本はどちらかと言えば夜遊びを教えてくれる先輩だ。
別に嫌いではない。遊び歩くのが好きでも本業でしっかりと結果を出す。バックグラウンドがどうであれ、塁のまわりにいる人たちはプロフェッショナル集団だ。
塁の画策通りその女の子は矢本と話を始めた。
――賢い女だ。そういうの嫌いじゃないぞ。
その子が今日、塁に二度目のお持ち帰りをされたかったのは明白だ。けれど彼女は矢本が自分を気に入っていること、後輩である塁が先輩の矢本を立てようとしていること、それに気付き塁に味方してくれたようだ。今夜どこまで付き合うのかは知らないが、「ナイスプレイ」と塁は心の中でつぶやく。
先輩全員がお目当ての子と二軒目へ無事に移動し塁はホッとする。
残りの女の子から誘われたが、予定通り「先約があるんだ」と言って家路についた。
こういう言動がどこからか広まるようだ。遊んでいるようだが塁には本命がいると週刊誌に書かれる。しかしカメラマンたちはその写真を撮ることができない。それはそうだ。本命の彼女などいないのだから。だからまた、遊びたい盛りで結婚はまだだろうなどと書かれる。もう長いことこんな状態だ。
女子アナ――ではなくても良いのだけれど――あたりと結婚して、相手は仕事を辞めて栄養士の資格を取ってくれて健康面を支えてくれる。そうなるとなんとなく野球選手はまわりから安心される。この世界に六年もいればそういった空気を感じるようになる。
誰が小日向選手をゲットするか、といった見出しの記事はもう見飽きた。それと同時に妙なプレッシャーが塁の心に生まれた。
今はまだ「遊びたい盛り」で済むからいいけれど、それは何歳まで通用するのか。プロ野球選手は夢だった。でも、こんなにも世間から恋愛や結婚について関心を持たれるなんて、結婚願望のない、いや、おそらく女性に興味のない塁にはちょっと恐怖だ。就く職業を間違えたかもしれない。そんなことを思ってしまう。
「結婚、結婚って、考えが古くないか?」
帰宅して大きな独り言をつぶやく。
必要なら栄養士を雇うことだってできるし、現に今はジムで塁の体調に合わせた弁当を手配している。遠征の日は滞在先のホテルで栄養管理された食事が出る。
テレビをつけるとさっきも見た男性アイドルグループが出ている。今度は歌番組だ。
「めっちゃ忙しそうだな」
ラヴィアン・ローズという名前のグループである。四人グループで、塁と同世代か少し年下だ。彼らの先輩にあたる国民的アイドルグループがヴァン・ブラン・カシスといって、どちらもカクテルの名前からつけられたようだ。
ラヴィアン・ローズは「薔薇色 の人生」という意味である。夢を与える彼らにぴったりだと塁は思う。
年の瀬ならではの歌番組だから、新曲の披露 ではなく過去のヒット曲を歌っている。塁がカラオケでよく歌う曲も流れた。
自然と口ずさんでいていつの間にか嫌なことは忘れていた。
――アイドルってすごいんだな。
ジムに行けなかった分、地味に腹筋をしながら時計の針は零時を過ぎた。
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