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episode1 塁①-3

   ◆ (るい) ①-3 ◆ 「あー、はい、ラヴィアン・ローズの」  翌日の昼過ぎ、昨日の服をクリーニングに出そうとまとめていると球団の事務局から連絡がきた。女性誌での対談の仕事がきていると。スポーツ専門の雑誌ではなく女性誌だと、あまり野球の話題には触れてくれない。ただ、写真はすごく格好良く撮ってくれる。  女性誌での質問は、「好きな女性のタイプは?」「何歳までに結婚したい?」といった内容ばかりでいつも乗り気になれない。  けれど今回の対談の相手は(あららぎ)朝陽(あさひ)であった。ちょうど昨夜テレビで見たラヴィアン・ローズのメンバーのひとりだ。 「はい、引き受けます」  蘭朝陽についてすぐにネットで調べた。年齢は塁よりも二歳下の二十二歳。  世間では「朝陽くん」と呼ばれている。初対面の自分がそう呼んでいいのかと悩む。ネットには画像がたくさん出てきて、「笑顔がめっちゃかわいいな」と思っただけか声に出したかわからないが、とにかく写真を見て満足してネットは閉じてしまった。  たいして予習もせず二日後の対談の日がやってきた。 「蘭朝陽です。ラヴィアン・ローズというアイドルグループに所属しています。本日はよろしくお願いいたします」  マネージャーと一緒に塁の控え室を訪ねてきて丁寧な挨拶をされる。テレビで見ている印象とだいぶ違って驚いた。バラエティー番組ではオチの役目をしたりと、おどけている場面をよく見るからだ。……と、それより何より、「本物の笑顔、めっちゃかわいい」と声に出したいのをこらえ心で叫んだ。  ――え、嘘だろ。  対談前に目を通してほしいとスタッフから渡された紙は、朝陽に訊いてはいけない質問だった。好きな女性のタイプ、結婚願望から始まりとにかく女性に関する質問はダメ、好きなブランド、ペットの話、趣味も訊いてはダメ。これじゃあ何も話せないじゃないか、と思う。  一方、雑誌社サイドが用意した、朝陽から塁に訊いてほしい質問は逆に、好きな女性のタイプ、結婚願望など、女性に関することがメインで野球の話は来年度の目標だけだ。  準備ができたのでお願いしますと声をかけられスタジオへ向かう。朝陽もちょうど控え室から出てきたところだったので一緒に歩くことになった。  単調な長い廊下を並んで歩いていると、すぐに朝陽が口を開いた。 「あの、ごめんなさい」 「え?」  それ、と、塁が持っている紙を朝陽は指さす。 「あ、いや。アイドルって大変だね」 「事務所が用意したものなんですけど、適当で大丈夫ですよ。うまく流すの慣れてるんで」  まだどこか子どものようなあどけない笑顔を見ると嫌な気分が緩和される。  ――アイドルってすごいな。  スタジオには、小さなテーブルと、それをはさんで左右にゆったりとしたソファーがセットされていた。それぞれがそこに腰かけると対談が始まる。 「僕、野球大好きなんで、今日は小日向選手にお会いできて本当に嬉しいです」  朝陽のそんな会話から始まった。 「三位のB球団に勝ったら四位のA球団との順位が逆転するって試合、テレビにかじりついて見てました」  プロ野球の中継は地上波での放送は減少しているがCS、BS、ネット中継で見ることができる。そんな話題のあと、「でも、やっぱり球場で見るのが最高です!」と朝陽は言う。 「蘭くんが――」 「朝陽でいいですよ」 「朝陽くんが野球観戦なんかに来たら大騒ぎにならない?」 「全然! みんな野球を見てますから。今年は何回行ったかなぁ」  一、二、と指折り数えている。  それからも朝陽はずっと野球の話をしてくる。とにかく生で見ると球場の熱気が最高だと。質問も、塁が憧れている選手についてやチームメイトとの裏話だった。  ――いいのか、これで。  塁としては楽しいけれど。  後輩のバカ話なんかをすると朝陽もメンバーのかわいらしい失敗談を話す。監督との美談を話せば朝陽は先輩への感謝を話す。  朝陽は意外にも野球に詳しく、そして聞き上手だった。話す内容にもあくがない。そういえば好感度の高いタレントだった、と塁は思い出す。 「僕、野球少年だったんで」 「嘘だろ、そんな(ほっそ)くて」 「ホントです、ホント! 意外と力ありますよ」  その流れで腕相撲をした。塁が余裕で勝って朝陽が悔しがるところをカメラマンが必死にシャッターを切っている。 「朝陽くん、両手使っていいよ」  朝陽が一生懸命、両手で塁の手にしがみついているところもまた、たくさん写真を撮られる。 「来シーズンも絶対、球場に見に行きます」 「俺もラヴィアン・ローズのライブ見てみたいな」 「あ、チケット送ります。でも関係者席にいる小日向選手、背高くて目立ちそうですけど大丈夫ですか?」 「うん、気にしない。うちわ、めっちゃ振るよ」 「僕の?」 「誰のにしよう?」 「そこは僕のでしょう!」  スタッフが話の軌道修正に入ってくることもなく対談は終わった。 「朝陽くん、これ、これ!」  ひらひらとさきほどの紙を見せながら、雑誌社のお偉いさんふうの人が近付いてきた。 「小日向選手の好きな女性のタイプ訊かなかったでしょう」  ――あ、怒られちゃう? 「あー! ごめんなさい、忘れてたぁ。僕、ホントに野球が大好きで」  ごめんなさい、とかわいらしくもう一度謝ると、「まあ、腕相撲の写真が最高だったからいいけどね」と許されている。  ――アイドルって、いや、この子ってすごいな。  それからまた話をしながら一緒に控え室のほうへ向かって歩いた。彼のマネージャーがうしろからついてくる。 「朝陽くん、女性読者が野球に興味持ってくれたらって思ってやってくれたんでしょ?」 「え、あ、はい。バレてました? そんな大きな力はありませんけど」  アイドルの力はすごいということを知っている。この雑誌を読んだ彼のファンで、野球を見に行ってみようと思う人はたくさんいる。  長い廊下を話しながら歩いていると、朝陽のマネージャーが「ちょっとすみません」と少し離れて携帯電話で話し始めた。  塁と朝陽も立ち止まった。 「あの、朝陽くん」 「はい」 「もしよかったら、……連絡先を交換しませんか」  あれ、こんなセリフ、人生で初めて言った気がする。チームメイトと「番号教えてや」みたいなやり取りは当然ある。  こんなにドキドキしながら返事を待っている。こんな経験は今までにない。  塁は緊張しながら朝陽の顔を見た。

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