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episode1 朝陽①-2
◇ 朝陽 ①-2 ◇
――もしよかったら、……連絡先を交換しませんか。
えっ。塁は初対面の時からさっきまでずっとタメ口だった。それは向こうのほうが年上だから。でもでも「交換しない?」じゃなくて「交換しませんか」って、なんか改まってるし、なんかなんかドキッとするじゃん! と、朝陽の心は大騒ぎだった。
塁の見た目が格好良いのは当然知っていた。球界一のイケメンと言われている。実際に会って格好良いと思ったけれど見た目以上に惹かれたのが、この「連絡先を交換しませんか事件」の数分前だ。
対談を終え、行きも一緒に歩いた長い廊下をまた並んで歩いていた。
「野球選手とアイドルってちょっと似てない?」
塁はそう言った。
「ドームを湧かせて、人気があればグッズもすごい売れるとかっていう表面的なことだけじゃなくて」
朝陽は黙って話を聞いていた。
「俺たちは『ファンの人』って言うけど、会社としてはたぶん『お客さん』。チケットやグッズにお金を出してくれるお客さん。別にきれい事を言うつもりはないんだ。そうしてお金が入ってこなければ会社はつぶれるんだから。会社、俺の場合は球団、朝陽くんの場合は事務所だね、そこで働く身としては利益を追求する義務がある。でも自分のことを好きになってくれたファンの人に、『俺も愛してるよー』って心から言いたい。邪念なしでね。んー、社会人として全くの邪念なしは難しいかもしれない。けど、『愛してる』と『邪念』の重さが反転はしたくないよね」
わかる気がした。朝陽たちもCDの売り上げが前回よりも悪かった時、事務所の偉い人から怒られた。なんとかしないと、と思った。みんなでいろいろ考えた。
でも根本 にある気持ちは忘れちゃいけない。
「あ、なんか違う……、かな」
「いえ! 僕も……、僕のことを好きって言ってくれるファンの人に、『ありがとう、僕も大好き』って心の底から言いたい、……です」
それからグッズの話になった。塁のグッズがすごい売れているという話を聞いたことがあったからそのことに触れると、「俺はその担当ってだけだよ」と言った。
塁は、児童養護施設の子どもたちと積極的に交流を行っている選手、身体障害者野球連盟のチームと交流を行っている選手がいることなどを教えてくれた。
「俺はたまたま目立つ役目をしてるだけ。朝陽くんだってそうなんじゃないの? アイドルの仕事のことはよくわからないけど、朝陽くんが歌って踊ってる曲はそれを作った人、振り付けた人、演奏してる人がいるわけじゃん。あ、ほら、うしろ歩いてるマネージャーさんも」
そうだ。塁が見たらきっとびっくりするくらいの数、朝陽たちを支えてくれているスタッフがいる。
ここでマネージャーの携帯電話が鳴って、塁から「連絡先を交換しませんか」と言われたというわけだ。
朝陽の口から出た言葉は「あ、はい」だった。
一応、俳優の仕事もやっている。別にこれっぽっちも動揺していませんという芝居くらいできる。心の中は、「めっちゃ嬉しいんですけど! ってか好きになっちゃう!」と騒いでいるのだが。
「ありがとう、メール送るね」
連絡先を教え合うとそう言われた。
朝陽が「はい」と、またハイテンションでもローテンションでもない返事をするとマネージャーがこちらへ戻ってきた。
「今日はどうもありがとうございました」
「こちらこそ。すごい楽しかった」
本当に連絡をくれるのだろうか、朝陽はそればかりを考えていた。控え室へと消えていく背の高い後ろ姿を見送った。
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