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episode1 朝陽①-3
◇ 朝陽 ①-3 ◇
タッタッタッタッと音を立ててランニングマシーンの上を走っている。時速十キロで今四十分が過ぎたところだ。いつものジムへ来ている。塁との対談の翌日の昼だった。
隣のマシーンも動き出したから少し気にする。ここの会員はほとんどが芸能人や他ジャンルの有名人だからだ。わざわざ隣に来るということは知り合いの可能性が高い。
「わ! 倭くん!」
「おう」
そもそもここは倭に紹介されて入会したのだった。実る可能性のない恋だけれど、ここへ来るたび「今日来ないかな」と思っている自分がいることは自覚していた。
少しずつスピードを上げていく倭がたぶん朝陽と同じ時速十キロくらいになった時、「なぁ、朝陽」と声をかけてきた。
「はい」
朝陽のほうが当然息が切れている。
「お前、小日向選手と対談したんだって?」
え、……情報速いなと思う。察したように倭は続ける。
「昨日の夜、俺もその女性誌の撮影があったんだ。次の号で表紙やらせてもらうから。朝陽たちが帰ったのは夕方くらいだろ? 『さっきまで朝陽くん、いたんですよ』ってスタッフさんに言われて知った」
「あー、はい」
「連絡先とか交換した?」
見てたんかい、と思うほど倭は事実に触れてくる。
えーっと、と返事に困ってタオルで額の汗を拭くと、倭は自分のランニングマシーンを停止させた。段々とスピードが落ちていきやがて止まった時、朝陽のマシーンに手を伸ばして勝手に停止ボタンを押してきた。
ゆっくりになっていくマシーンに合わせて朝陽も走る速度を緩めると、「朝陽、ちょっとこっち」と言って倭は歩いていってしまった。
説教かな、と昨日のことが頭をよぎる。昨日の対談前に渡された紙には、塁への質問として野球に関することはひとつしか書かれていなかった。来年度の目標だけだ。そんなの訊いたって、「ひとつでも順位をあげて優勝争いをしたい」とかきっと一行で終わってしまうと思った。
若い女の子にもっと野球に興味を持ってほしかった。対談相手として朝陽に声がかかったからにはそれが自分にできることだと思った。だから質問用紙には従わなかった。
――後輩に注意しておいてよ、って倭くんが言われちゃったのかな。
おずおずと倭のうしろをついていくと休憩スペースに着いて、朝陽のために水を買ってくれた。
はい、とペットボトルを渡されて「ありがとうございます」と礼を言う。
休憩している人は他にいない。ビルの十階だから大きな窓からは気持ち良く陽が入ってくる。冬の陽だから適度に眩しく透明感がある。
「飲みに誘われたりした?」
「えっ、されてないです」
「でも、連絡先は交換した?」
朝陽が肯定すると「これから誘われるだろ」と倭は言う。
「え、どうだろう……」
倭は小さく息を吐き、言いにくそうに口をきゅっと結ぶ仕草をしてから話し出した。
「ネットとか週刊誌の記事をもちろん全部信じてるわけじゃないけど、写真の信憑性はなんとなく判断できるよ。小日向選手はそうとう夜遊びしてる。それから女癖が悪い」
「えっ」
朝陽も週刊誌は見たことがある。見出しを軽く読んだ程度だけれど、それは「どの女子アナが小日向選手をゲットするか」といったものだった。詳しい内容は読んでいない。その時は知り合う前だったから、そりゃあ球界一モテるだろうな、としか思わなかった。
「小日向選手が来ればその飲み会にはたくさんの女性タレントが集まると思う。そこに朝陽まで登場したら小日向選手の仲間は大喜びだよ。今まで交流のなかった女優さんなんかも来たりして」
「そんな……、エサみたいなこと」
「一回会っただけだろ。どんな人かわからないだろ」
倭がここまで言うのだ。きっとネットにはもっといろいろ書かれているのだろう。
朝陽は必要最低限しかネットを見ない。それは事務所からの命令である。
芸能人、特にアイドルはあることないことをたくさんネットに書かれる。他のカテゴリーよりアンチも多い。
事務所の上の人は所属タレントの性格を見て判断する。そして朝陽は「エゴサーチNG組」に入れられた。開くだけでトップページに載っていることもあるから必要以上に開かない。
自分のことを悪く書かれた記事を見て落ち込んでしまう、ひどい場合だと病んでしまう、朝陽はそういうタイプだと判断されたわけだ。多くの仲間が朝陽と同じだった。倭なんかは珍しいほうで、自分が悪く言われても気にしない、むしろそれをバネにして自らを奮い立たせることができるらしい「ネット閲覧OK組」だ。
ともかく倭は週刊誌だけでなくネットからも情報を得ているはず。
「朝陽の夜遊び、合コン? そんなスキャンダルはファンの人に嫌な思いをさせるだけだからな」
気を付けろ、と言って倭はトレーニングルームのほうへと戻っていった。朝陽は、「小日向塁 彼女」と検索したい欲を抑えた。
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