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episode2 塁②-1

   ◆ (るい) ②-1 ◆  (るい)にはあまり時間がない。二月からキャンプが始まると、紅白戦、オープン戦があり、そして公式戦が始まる。シーズン中の休みの日というのは意外と移動でつぶれてしまったりする。次の日がナイトゲームだという前の夜なんかが比較的ゆっくりできる――といっても先輩からの飲みの誘いが多い――。  朝陽(あさひ)の連絡先を手に入れてから、いつだったら食事に行けるかと、こんなふうに予定を整理している。この十二月と来月の一月は、シーズン中にはできない仕事――テレビや雑誌の仕事、ファン感謝祭など――が少し入るがそこはやはりシーズンオフ、この二ヶ月は自由な時間がほとんどだ。  けれども……、とまたテレビを見て思う。  ――しっかし、ホントによく出てるな。  朝陽たちのグループ、ラヴィアン・ローズのことだ。大晦日の紅白歌合戦に出るということも確認済みだ。 「でもこの二ヶ月が勝負だろ」  オフの間は自分が予定を合わせられる。よし、メールを送ろう、と決意したのは対談の翌日の夜だった。 〈昨日はどうもありがとう。小日向(こひなた)塁です。仕事忙しそうだけど、朝陽くんは少し時間が空く時ってあるのかな。もっと話をしてみたいなと思いメールしました〉  ――けっこう攻めてるな、これ。  でも、いい。もっと話したいというのは本当だ。エイッ、と送信する。  すぐには返信はこなかった。数時間後にきた返事には、正月の特番の収録がたくさん入っていてどの日も遅い時間まで仕事だと書かれていた。  連絡先を訊いた時の、朝陽のそんなに乗り気ではなさそうな顔が思い浮かんだ。 「でも野球好きなんだろー。俺、プロ野球選手だぞー」  広い部屋でひとり叫んでみる午前零時。  するともう一通メールを受信した。 〈あさっては午前中と夜に仕事が入ってて、その間の午後の時間は空いてます。なにをして時間つぶそうかなって思っていたところです〉  あさってのスケジュールを確認する。なんの予定もない。 〈もしよかったらお茶でもする?〉  午後の時間というのが十四時から十七時くらいだと書かれていたから、ランチでもディナーでもないなと思いそう送る。  少し待ったが返信がこない。ちょっと待っていると、〈メールじゃなくて電話してもいいですか?〉と送られてきたから塁のほうからすぐに電話をかけた。 「すみません、電話もらっちゃって」 「いや、大丈夫だよ」  長い文章が苦手で打つのが遅いから、と朝陽は言う。あさっての午前の仕事も夜の仕事もテレビ局で収録だと聞いて、局の駐車場まで車で迎えに行くよ、と塁は攻めた。 「あの、……基本的には大丈夫なんですけど、……ちょっとお願いがあって」  電話の向こうで朝陽が言いにくそうにしているのがわかる。なんだろう、と不安になる。 「あの、お茶は全然いいんです。誘ってもらえてすごい嬉しいです。でも僕、仕事柄、どこのお店でも行けるわけじゃなくて。あ、小日向選手もそうだと思いますけど。あと、お店で例えば小日向選手の知り合いの方に会って、その知り合いの知り合いの方もいて……とかそういうのがちょっと」 「ああ、そうだよね。わかるよ。アイドルに遭遇して舞い上がって、写真とか撮りたがったりする人っていそうだよね。っていうか確実にいっぱいいるよね」  すみません、と朝陽は小さく謝る。  塁にはふたつの選択肢が頭に浮かんだ。朝陽の行きつけ――朝陽の安全地帯――の店へ行くか、それとも思いきって自分の家に誘うか。  心の中でまた、エイッ、と気合いを入れる。 「俺の家、六本木のマンションなんだけど、テレビ局から近いし、うちに来る?」  地下駐車場に入れば安心できること、住人にもほとんど会わない構造になっていること、もし会ったとしても騒ぐようなミーハーな人が住んでいるようなマンションではないことを告げた。  朝陽は「いいんですか? じゃあお願いします」とすぐに答えたから、言ってみるもんだな、と塁は思う。 「あのっ、ごめんなさい、あとひとつあるんです」 「大丈夫だよ、なんでも言って」 「迎えに来てもらった時の車なんですけど……」  また言いづらそうにしている。 「……助手席じゃなくて後部座席に乗ってもいいですか? あ、あの、こいつすっげーめんどくせーなーって感じならタクシーで行くので……」  塁は思わず笑ってしまった。 「面倒くさいだなんて思わないよ。アイドルって大変だなとは思うけど」  ごめんなさい、と朝陽はまた謝った。具体的な場所と時間を約束して、車種と車の色を教えて電話を切った。  ハリウッドスターか大統領のお迎えみたいな気分だな、と塁は楽しくなってきた。でも、スターであることに違いはないのだ。 「あ、部屋、片付けよう」  それから明日は近所の洋菓子屋へ行って美味しいと評判のクッキーを買いに行こうと予定を立てた。

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