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episode4 塁④-2
◆ 塁 ④-2 ◆
シーズン中は基本的にテレビなどの仕事はやらないことになっている。しかし、あるトーク番組に出てくれと球団から言われた。幅広い層が見ている長寿番組だ。なにやらその局との放映権の関係で、塁への依頼を断りにくい状況なのだという。
移動日ではない休日で次の日がナイトゲームだという都合の良い日に収録が行われることになった。倭と会って話してから一ヶ月が経っていた。
テレビ局に入ると楽屋まで案内され、番組が手配したスタイリストとその助手がヘアメイクなどをしてくれた。
「髪はこんな感じでどうでしょう」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
大きな鏡の前に座る塁にスタイリストの女性が話しかけ、助手は片付けをしている。
その時、コンコンと扉がノックされた。
「どうぞ」
髪型の最後の手直しをしてもらっていたので、塁はそう返事だけをした。
ドアが開いた。
「失礼します」
――えっ。
声だけでわかった。朝陽だった。
「あれー、朝陽くん」
初めに朝陽に声をかけたのはスタイリストだった。
「あー、ミチルさん。髪切ったんですね。すごく似合ってます」
「えー、前のほうが良かったってすごい言われるのー」
「僕は好きですよ。すごく良いよね、スミレちゃん」
片付けをしていた助手の女の子が「はい」と答える。
「支度中ですか? 僕、前に一緒に仕事させてもらってから小日向選手とは親しくしてもらってるんです。それでちょっと挨拶に」
「そうなんだ。ちょうどヘアメイク終わったところよ」
「じゃあ少しだけおじゃましていいですか?」
それは塁に向けて言っている。
「あ、うん。どうぞ」
朝陽のようにうまく演技ができなくてまいったなと思っていると、助手の片付けが終わったようでスタイリストたちは楽屋から出ていった。
パタンと扉が閉まると同時に塁は立ち上がった。朝陽のほうへ駆け寄ると、朝陽はドアに飛びついた。あ、逃げられる、と思ったが朝陽は鍵をしめただけだった。
再びこちらを向いた朝陽は塁に駆け寄り、ふたりは無言で抱き合った。朝陽をぎゅっと抱きしめた。でも、朝陽が苦しくないように気を付けた。抱きしめながら優しく髪をなでる。
腕の中の朝陽が顔を上げたタイミングで唇を重ねる。朝陽の唇を食 んでは角度を変えていつしか舌を絡め合っていた。左手で抱きかかえ、右手は朝陽の後頭部を支えている。
「朝陽……」
キスの合間に名前を呼ぶ。朝陽が返事をできないほどまた唇をふさぐ。
朝陽が塁の胸を軽く押し返したから少し離れた。
「塁さんが来てること知って訪ねてきちゃった。塁さん、メールなんかでごめんね。ちゃんと会ってお別れしないとって思って。だからこれは……、さよならのキス」
目に涙を浮かべながら無理に笑顔を作っている。泣きながら笑うってこんなにも美しいんだ、と塁は見とれる。
一歩うしろに下がり「もう行くね」と言う朝陽の腕をつかんだ。
――この手を離したくない。
「俺、人生を後悔したくない。朝陽くんもそうだよね」
朝陽は腕をつかまれたまま動かない。
「朝陽くんはファンの人のためなら嘘つける? それが優しい嘘ならつけるよね? だってプロなんだから」
「……どうするの?」
「俺、今日はトーク番組の収録なんだ。交友関係とかプライベートの話題の時に、ラヴィアン・ローズの蘭 朝陽くんとはご飯を食べに行ったりする友達ですって自分から言う」
朝陽は少し驚いた顔をする。
「記事書かれて隠してるから怪しまれるんだ。だから友達ですって公言する。それは……嘘になっちゃうけど必要な嘘だと思う。朝陽くんもそういうタイミングの時に同じように言ってほしい。あと、友達以上に見られる写真は今後、絶対に撮られないようにする。前みたいにしょっちゅう車で迎えに行ったりするのはやめる。それからいずれ俺と同じマンションに越してきてほしい」
「えっ」
「そうしたらずっと一緒にいられる。同じマンションに住んでるってバレた時は、良いマンションだよって俺が勧めたってすぐに公言する。仲良しの友達なのでって」
「……そううまくいくかな」
不安そうに朝陽は言う。
「そうでなければ、俺が野球選手辞めて、朝陽くんもアイドル辞めて、ふたりで逃避行するしかない。なにもかも捨てて。それとどっちがいい? 俺は朝陽くんと一緒にいられなかったら人生の意味がないんだ。野球を嫌いになりたくない。朝陽くんだって無理して元気に躍るのは違うって思ってるでしょ」
――うん、と言ってほしい。
「朝陽くんと、朝陽くんのファンの人と、朝陽くんの事務所を守るから」
腕をつかんでいた手を下にずらして朝陽の手を握る。
「絶対に俺が守るから」
朝陽は、こくんとうなずいた。
それは五月の終わりのことだった。
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