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episode4 朝陽④-2

   ◇ 朝陽(あさひ) ④-2 ◇  いつかふたりの関係を誰かに話すことになるかもしれない。例えば、お互いの親だったりとか。  今のところ知っているのは(やまと)だけだ。 「だから俺がカムフラージュとして駆り出されるんですか」  イタリアンレストランの個室で倭が不機嫌な顔をして言う。 「すみません」  ぺこりと頭を下げる朝陽に、「先輩を利用する後輩っているかよ」と言う。 「倭くん、なんでも好きなもの頼んで」  塁が機嫌をとる。 「まあ、なんかうまくごまかしたみたいですけど、俺は今でもあなたよりも俺のほうが朝陽を幸せにできると思ってますから」 「朝陽くん、モテるね」 「モテ期かな」  三人で食事をしている。これも塁が考えた作戦だ。といっても本番はこのあとにある。 「朝陽、この人のどこが好きなわけ?」  倭がだいぶ失礼なことを訊いてくるが塁は楽しそうに笑っている。 「んー、細マッチョ?」 「え、そこ?」  塁が目を丸くして朝陽を見る。 「じゃあ小日向(こひなた)選手は朝陽のどこが好きなんですか? いっぱいあるだろうけど」 「倭くん、本当に聞きたいの? 俺は別に言ってもいいけど」  塁が挑戦的な目で倭を見て、口元はニヤニヤとしている。  倭は赤くなって、「バカじゃないのか、あんた」と塁をにらむ。 「え、なに? どういうこと?」  朝陽が訊くと、「大丈夫、なんでもないよ」と塁は答える。 「まあ、なんか優しくしてもらえてるようだからいいけど、またなにかやらかしたら、その時はスパッと別れてください」  そう言う倭のことを、「お父さんみたいだね」「そうだね」と朝陽と塁は言う。 「恋敵(こいがたき)ですけど」  結果、食事はとても楽しかった。  そして帰り道。夏が始まろうとしている夜。(にぎ)やかな麻布十番の路地を三人で歩く。 「小日向選手、今日はごちそうさまでした」  さわやかに話す倭に続いて、「ごちそうさまでした」と朝陽も頭を下げる。 「いやいや、すごい楽しかったよ」  塁はちょっと棒読みだ。 「次は僕におごらせてください。これでも一応年上なんで」  倭を真ん中にして歩いている。三人で楽しそうに。  大通りでタクシーに乗る倭と朝陽を見送る塁。塁はこのあと行きつけのバーで少し飲んでから帰ることになっている。  この帰り道は演技だった。芸能人がよく出没するこの街を三人で歩けば、きっとカメラマンに写真を撮られるだろうというのが塁の作戦だった。  いつ撮られたのか全く気付かなかった。倭を真ん中に歩く三人の姿がネット記事と週刊誌に載った。  塁は取材でその時のことを訊かれ、「朝陽くんとはもともと友達で、朝陽くんと親しい倭くんとも友達になったんですよ」と答えていた。  倭も雑誌のインタビューで訊かれていた。塁と飲みに行ったりするのかと。「飲みには行かないですね。食事だけです。僕も朝陽も童顔じゃないですか。小日向選手、僕らのこと未成年だと思ってるんじゃないですか」と答えていて、誌面では(笑)がついていた。  塁は予想していたそうだが、塁の先輩がこの件を知り、飲み会に倭や朝陽をつれてこいと言ってきたらしい。完全なるエサだ。塁は返答も準備していて、「ふたりの事務所のお偉いさんから、食事はいいけど飲みにはつれていかないでくれ」と直々に言われたと話したそうだ。承諾してしまったからちょっと厳しいと言ったら先輩も納得してくれたという。朝陽たちの所属する大手芸能事務所の名前を出せばうまくいくだろうと、塁は考えていたそうだ。 「今さらだけど、なんかごめんね」  塁と初めて出会った冬がやってきた。ラヴィアン・ローズは今年も紅白歌合戦の出場が決まった。塁のチームはレギュラーシーズンを三位で終えたが、その後のクライマックスシリーズではファーストステージで敗退してしまった。 「え、なにが?」  塁の部屋のソファーで寄り添って座り年末の特番を見ている。 「俺と付き合うの、大変なんだろうなって」  塁はあれからもずっと慎重に行動し、画策し、朝陽のために動いている。 「んー、大変なのかな。でも朝陽くんのいない人生なんて考えられないから」  役作りで少し伸ばしている髪の毛を塁がクルクルと指でいじってくる。 「手詰まりになったら朝陽くんをつれて逃げる覚悟だよ」 「できないよ。塁さんはファンの人と球団を捨てられない」 「朝陽くんだってそうでしょ。ファンの人と事務所を捨てられない」  くすぐったい、と塁の手から離れる。 「そんなことにならないように、少しくらい大変でもがんばろ」  塁はテレビを消して、朝陽をソファーに寝かせた。体重をかけないように上に乗って、たくさんのキスをしてくる。 「好きだよ、朝陽……」  秘密だらけの恋。でもきっと一生誰にも知られないんだろうなと思うことがひとつ。  塁はエッチの時だけ「朝陽」と呼ぶ。  それは朝陽しか知らない秘密。 ◇ ◆ 『薔薇(ばら)と夢と(うそ)を』終 ◆ ◇    ここまでお読みいただいた皆様へ  最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。皆様からの反応は、とても励みになり、感謝の気持ちでいっぱいです。  今作品に出てきたアイドルグループは、私の書く他の小説にも登場することが多く、前作『蒼すぎた夏』にも実は出ていました。ほんの少しのシーンですが。お気付きになられた方、いらっしゃるでしょうか。  小説のストックはあと何作品かあり、手直しをしたらまた投稿する予定です。その中のいくつかに、このアイドルグループ、特に朝陽(あさひ)の先輩である(やまと)のグループ『ヴァン・ブラン・カシス』が出てきます。ほんの少しのシーンですが……。  また次作もページを開いていただけたら嬉しいです。

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