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第7話「ユキの友人」
「うん、知り合い」
晴也は優しい声で隣にいる彼女にそう言うと、またこちらを向く。
「トモの知り合い?こんにちはー」
晴也から見て1番遠い席に座っている光瑠がヒラヒラと手を振ると、にこやかに笑って晴也も手を振った。
「こんにちは。知り合いです。そいつがお世話になってます」
「、、、」
「え、あれ?外人さん?目ぇ綺麗だな!」
光瑠の言葉にまた智幸の瞼が痙攣したようにピクッと動く。
入り口にいても邪魔になるからと、すぐ横にある智幸達が座るカウンター席に寄る2人。
「クォーターだよ。日本人の血も入ってる。目は母親譲り」
「わあっ!本当にキレー!」
ニコ、と笑った智幸は誰もが認める美男子だった。
智幸は、晴也のその目立つ容姿が何かと人を引き寄せ、中学生のときに同じ男子2人からそれぞれ2年生と3年生のときに告白された事を知っている。
晴也の見た目はそれくらいに異質だ。
「、、、」
昔から何でも卒なくこなし、教師からの信頼も厚い優等生。松添まではいかないが真面目で勤勉で悪いところがひとつもない。
人好きされる性格で、直ぐに周りの人間を手玉に取ってしまう。
智幸は、晴也のこう言う部分が嫌いだった。
「ありがとう。こいつが迷惑掛けたら言って下さい。お説教しますから」
「あ?」
「ユキ、あんまり無茶するなよ」
「、、、」
いつもはこんなに構わないくせに、人前だと見栄を張って喋るところもまた、大嫌いだった。
「お前」
「?」
「そう言うのが好きなんだな」
智幸は座ったまま椅子を回転させて晴也の方を向き、目つきの悪いその目で彼を睨みあげ、煽るようにそう言った。
「加那(かな)にそっくりだ」
「、、、」
智幸を見下ろす視線に変わりはない。
してやった、と思った彼は変わらず瞬きをして動揺しない晴也を見て、どこか不満な顔をした。
「そうか?」
2人以外は、誰が誰の事を言っているのかが分からなかった。
「そろそろ買いに行こ、」
そして次の瞬間に、
「ハル」
智幸は自分の鼓膜を揺らすその女の声を疑った。
ガタン、と椅子を揺らして立ち上がる。
「、、、」
「トモ?もう行く?」
込み上げてくる怒りが抑えられそうにない。ギチ、と奥歯を噛み締めて晴也を睨んだ。握りしめた拳が加減できず、爪が肌に食い込んでいる。
立ち上がった智幸を気遣うように声を掛けたのは由依だった。
「トモ?」
晴也は呼ばれて一瞬友梨の方を向いたが、またすぐに智幸の方を向いた。
智幸が明らかに怒り、不機嫌になった事に気が付いている。
「、、、」
「、、、チッ」
睨んでも威嚇しても反応を示さない晴也に痺れを切らし、智幸は乱暴に自分の鞄を掴むとイラついた足取りで晴也の隣をすり抜けて自動ドアから出て行ってしまう。
「あ!ちょっとトモ!」
由依と桂子は急いで鞄を持ち上げた。由依が走って智幸の後を追い、続いて桂子も走り出す。
晴也の隣を過ぎるその刹那に、桂子はチラリと彼の緑色の目を見つめた。
(綺麗な目、、)
ドタバタと女子が出ていくと、光瑠は「はあー」と大きなため息をついて椅子から立ち上がる。
180センチ後半の身長に、智幸の事など気にも留めず、晴也はびっくりして彼を見上げた。
「デカっ!」
「え?ああ、俺?トモと同じくらいだよ」
「確かに。あ、ユキ、、アイツ、ごめんね」
「いや、知り合いくん何にも悪くないでしょ今の。何かあいつ、勝手にキレたし」
頭をぼりぼりとかいてから、光瑠は3人が置いていった飲み物のカップに手を伸ばす。
「アイツ追うなら、片付けておこうか?」
「や、めんどくさいからいい。そっちは彼女さん待たせてていいの?」
晴也はキョトンとしながら友梨を振り返る。
「私?大丈夫だよ。ハル、コーラでいい?買ってくるから片すの手伝ってあげなよ」
「ん。後でお金払うから」
「はいはーい」
それだけ言うと、別段怒りもせず友梨はレジに歩いていく。
膝より8センチ程上に位置しているスカートの裾がヒラヒラと揺れている。
「出来た彼女、、すげーな」
「え?すごい?」
「うちの学校だと待てないし自分優先されないとキレる女子ばっかだよ。あ、俺、トモと大体一緒に行動してる大野光瑠。光瑠って呼んで」
ニコニコ笑いながら嬉しそうに晴也へ握手を求める手が伸ばされる。
光瑠は愛想が良く、あまり裏表がない。ただ巨乳が嫌いだ。
「ひかるくんね。牛尾晴也です。ウシって呼ばれてる。ユキとは一応幼馴染み」
「幼馴染みなんだ!あいつ全然そう言う話しないから何も知らない!」
2人は何故かガッチリと握手を交わした。
「え、ウシくん手ぇでっかくね?」
「身長にしてはデカいってよく言われる。ハンドボールやってるから助かるよ」
「すげー!ハンド部か!!」
2人はのんびりと話しながら3人の残したまだ中身の入っているカップを片付けにゴミ箱の方へ近づく。飲み残しと氷を「飲み残し」と書かれた穴へ流し入れ、紙とプラスチックゴミを分けていき、最後にトレーを重ねて置いた。
「ありがと」
「アイツと合流すんの?」
「んー、帰ってもいいんだけど、原田、、真面目そうな子1人いたろ?」
「ああ、黒髪の小さい子?」
「そうそう。あいつ心配だから合流する」
「あー、、ユキのやつ節操ないもんなあ。面倒見てやってね」
「節操ないのは俺もだから何とも言えないけど気をつけるよ。ウシくんって、あいつのことユキって呼ぶんだね」
智幸は名前の初めを取って「トモ」と呼ばれる事が多い。小中高、どの学年でも「トモ」か「トモくん」が主流のあだ名だった。
「最初名前聞いたとき聞き間違えて、ユキの部分しか聞こえなかったんだ。そんでユキくんって呼び始めちゃって、そのまま」
「あ〜〜、なるほど。おもしろ!」
光瑠は大きな身体をワサワサと揺らして笑った。
飲み物を買った友梨が晴也の隣に並び、智幸達の居場所が分からない光瑠はそのまま少しの間、晴也と友梨と一緒にいさせてもらう事にする。
最初は遠慮したのだが、友梨が皆方高校の生活を知りたいと言い出した事もあり、3人で店の奥の4人掛けの席に座った。
「2人の馴れ初めは?」
「ブッ、、それ聞くの?あはは、ヤバ!恥ずかしい!」
「いやそこは知りたいでしょ!」
光瑠は物怖じせず友梨とも喋ってくれる。晴也は一言断って携帯電話をいじりながら、静かにその様子を聞いていた。
光瑠がもし友梨に故意的に迫ろうと言うなら警戒しようと思っていたのだが、男子特有の女の子に良く思われたい欲が垣間見える事もなかったので安心して画面に集中する。
[ユキ。ひかるくんがお前らの居場所分からなくて困ってる。連絡しろ]
メッセージアプリでそれだけを打った。
先日の雨の日以来の連絡だったが、先程から光瑠が電話をかけてもメッセージを送っても出ないし既読にならないところを見ると、まだ走っているか携帯電話をわざと見ていないのかもしれない。
どちらにしろ、今回もいつも通り「智幸が悪い」ので、晴也は甘やかす気などなかった。
ブブッ
「ん」
メッセージを受信したバイブの音に、再び画面に視線を落とす。
2人はこちらを気にせず話し込んでいて、どうにも、晴也と友梨が付き合った経緯を光瑠に説明しているようだった。
[直ぐに帰ってこい]
「、、、」
智幸からの返事に、晴也は無表情に小さく息をついた。
[無理]
短くそれだけを返してメッセージアプリの智幸の通知だけを切り、画面を伏せてテーブルに置いた。
「あ、やっと返事きた」
友梨が晴也との馴れ初めを話し終わると同時に、タイミングよく由依から返事が返ってくる。
[トモ帰っちゃった]
泣き顔のスタンプがついたメッセージに、光瑠は呆れたようにため息をついて晴也の方を向いた。
「アイツ帰っちゃったって」
「迷惑だなあ」
晴也も呆れた。
由依と桂子が戻って来る事になり、光瑠は2人が来るまでの間だけ晴也と友梨に皆方高校の生活を少し盛って話した。
松添と言う面倒な教師がいる事。青木と山中と言うあと2人いる自分達と仲の良い男子が今日は他校のお嬢様学校との合コンに出ている事。
「いやー、やっぱトモはモテるんだよね、」
そして智幸の事を、彼がしでかしている様々な事を伏せていい部分だけを抜き取って語った。
何故だか光瑠には、晴也に智幸がしている事の全貌を話すべきではないと言う本能が働いたのだ。
しばらくすると由依と桂子が戻り、光瑠はまたヒラヒラと手を振って2人と別れた。
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