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第10話「ユキの視線」

「?」 首筋に当たる視線を感じて、晴也はうなじを手で覆い、撫でながら後ろを向いた。 「、、、」 絡む視線はいつもと同じだった。 気怠げで冷たい智幸の目。幼稚園からずっと眺めて来た色をしている。 向こうは隣に女の子を座らせて、ベタベタと腕を触られながら表情ひとつ変えないで背もたれにもたれ掛かりながらただジッとこちらを見ている。 2人の間には他の客の席がいくつも挟まれていたが、確実に見つめ合っていた。 晴也はしばらくそれを続けてから、気持ち悪いな、と思って前を向いた。 自分の手元には先程運ばれて来たハンバーグのプレートとライスの皿がある。 「ハル、ひと口食べる?」 「ん?うん、欲しい」 隣に座っている友梨の目の前にあるトマトソースパスタが小さくひと口分、晴也のライスの皿に盛られる。 「友梨は?これ食べる?」 「太りそうだからいい!」 「えっ、ひと口だよ絶対太らないよ」 あはは、と笑い合うときの彼女のその柔らかい笑顔を作る顔の曲線が晴也は好きだった。 触れると暖かくて良い匂いのする肌も、艶やかで重みのある黒髪も。 ふと、智幸の隣で、今、彼の腕に絡み付いている女の顔を思い出す。 「、、、」 派手な明るい茶色の髪はポニーテールに結い上げられ、毛先はクルクルと巻かれていた。放課後の高校生にしても濃いメイクは涙袋や目尻が泣いた後のようなピンク色に塗られていて、どうしてだか痛そうに見えた。 (アイツ、あーゆーのがタイプだったっけ) 友梨がライスの皿に置いていったパスタを食べると、彼は美味しいと彼女に笑いかける。 それは穏やかで彼らしい表情だった。 「なあ」 「?」 友梨は突然後ろから声を掛けられた事に驚いて、かがんでコップにお茶を注いでいた姿勢をパッと正して恐る恐る後ろを向いた。 「あっ、えと、智幸、くん?」 「、、、」 サラ、と切り揃えられた黒髪が揺れる様を見て、智幸はどこか懐かしむように目を細め、180センチ超えの高身長から150半ば程の身長しかない彼女を見下ろした。 「友梨ちゃん、だっけ?」 「っ、、うん」 彼には似合わないニコリとした親切そうな笑みを浮かべ、智幸は晴也がこちらを向いていない事を確認してから友梨の隣に立った。 先程からドリンクバーに友梨が向かうタイミングを見計らっていた彼は見事に彼女とそこで2人きりになり、コップにお茶を注ぐ友梨の隣について身体を近づけ、親しげな表情を作る。 その笑みに一瞬、友梨は顔を引き攣らせた。 晴也とはまた違う、強引そうな意地悪そうな顔つきだが整っている智幸の笑みに胸が躍ったのだ。 (ハルもカッコいいけどこの人もレベル高いんだなあ〜、、ハルの周りってイケメン多くて、女の子達怖いんだよなあ) 実害は出ていないにしろ、晴也自身も1年生の中では人気の高い男子であり、そばに居る弘也や御手洗に至っても高身長イケメンで女子の間では奪い合いが起きている。 晴也への気持ちは揺るがないものの、隣に急に未確認のイケメンが並んだ事で友梨は緊張していた。 「友梨ちゃん、溢れてるよ」 「えっ?あっ!」 気がつけば、ずっと押し続けていたお茶のボタンは作動し続けており、コップからバチャバチャと烏龍茶が溢れ彼女の手を濡らし始めている。 「ヤバいヤバいヤバいっ」 咄嗟にボタンを離したものの友梨の手はびっちゃりと濡れ、コップには表面張力でたっぷりと烏龍茶が入っていた。 「あはは、何してんの。はいコレ」 智幸は「ちょうどいいか」と考えながらアメニティの中のおしぼりの袋をひとつ掴んで破り、中のおしぼりを友梨に渡す。 そして目一杯に烏龍茶が注がれたコップをドリンクバーの機械からこぼさないように持ち上げると、さっと自分の口につけて吸い込みながらひと口飲み込む。 「ありがとう、、って、あ、いいよ智幸くん!」 多分彼女は自分の苗字が分からないのだろうな、と思った。 いきなり男を下の名前で呼ぶ程遊び慣れた感じもしないその黒髪を眺めながら、智幸は更にもうひと口コップに口をつけて飲む。 「ん。これ俺が貰うから、友梨ちゃん新しいコップ使いな」 「えっ!いいよいいよ、悪いから、!」 慌てる友梨の手から使用済みのおしぼりを抜き取ると近くのゴミ箱に放り込み、新しいコップを取って彼女の前に突き出した。 「あ、、」 「どうぞ」 極め付けに、ニコ、と上から笑いかける。 そうすると、彼女はおずおずとコップを受け取ってふわりと笑い返してきた。 「ありがとう」 (この間急にキレてお店出てっちゃったりしたから怖い人だと思ったけど、、優しいんだあ) 智幸が顔に貼り付けた人の良い笑みを間に受け、友梨はそんな事を考えながらコップにもう一度烏龍茶を注いで、水量がコップの真ん中辺りを過ぎたところで入れるのを止めた。 友梨からすれば先日のファストフード店が智幸との初対面だった。 ひと言も交わす事なく、理由もわからない怒りに任せて店を飛び出していった智幸をキレやすいヤバい人間だと感じた彼女だったが、先程見せてくれた親切な行動もまた素直に受け取り、「そんなに怖い人じゃないかも」と思い直している。 「ありがとう、助かった」 「良かった。あのさあ、友梨ちゃん、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」 「お願い?ハルじゃなくて私?」 その言葉に、また智幸の右の瞼がピク、と痙攣したように引き攣った。 「うん、友梨ちゃんに」 「なに?」 智幸はここでもう一度晴也の方へ一瞬だけ視線を移す。 どうやら体の大きいテーブルの端の席に座っている男と話し込んでいるようで、こちらの事はまだ見つけても気がついてもいない。 「友梨ちゃんの連絡先教えてくれない?」 「えっ」 友梨はポカン、とした。 「あ、ハルから聞けば、」 「あいつにバレないように友梨ちゃんの連絡先知りたい」 「、、、」 その言葉に、正直彼女は胸がときめいた。 わざわざ自分と2人になり、晴也にバレないように今ここで連絡先を聞き出しているのだと理解したからだ。 「ん、、でも、何かハルに悪いし、隠し事みたいでいや、かな」 律儀な性格でもある彼女は、胸のときめきに耐えつつ理性が乗った言葉を連ねて見せる。 智幸は相変わらず人の良い笑みを貼り付けて、コップを持っていない方の友梨の白くて小さな手にそっと触れた。 「っ、」 「お願い。嫌だったら俺から連絡しても無視してくれて良いから」 何で知りたいの、なんて聞くのは不躾だろうと彼女は考える。 「、、お、教えるだけね。返信しなかったらごめん」 「ほんと?ありがとう。全然いいよ、俺が頑張ることだし」 そんな相手を期待させるような言葉をポンポン吐いて調子に乗せると、友梨はまんまと智幸に携帯電話の連絡用アプリの個人検索アドレスを教えてしまった。 「じゃあ、、バイバイ」 照れたように彼女の頬は赤く染まっている。 「うん、ありがとう。連絡するね」 コソッと登録し終えた彼女の連絡先を確認し、烏龍茶の入ったコップを持って席に戻っていく彼女の後ろ姿を眺める。 (簡単だな、前と一緒で) 智幸は晴也の横顔を遠くから見つめた。 曇りを知らない緑色の目は、今日もキラキラと輝いている。 (馬鹿なヤツ。こうやって結局俺に負ける) そう思いながら、コップを手に持って自分の席に戻った。

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