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第36話「ハルのご褒美」
「おばあちゃんにコレ渡して」
「わっ!作ったの?絶対喜ぶ!」
猪田達と別れ、夕飯は自宅で済ませた。
今日の夜から高速に乗って、隣の県にある母方の祖母の家に行く母と父、それから妹の奈津香に、先程出来たばかりのブラウニーを持たせた。
「ハルちゃん、これ私の分は?」
「あるよ。こっちね。おばあちゃんの分はちゃとおばあちゃんに渡して」
「分かった!ふふー!」
自分の分のブラウニーをもらった奈津香は、嬉しそうにそれを持って車に乗り込む。
晴也は部活がある事もあり、今年の母方の実家への帰省はやめておくことにしたのだ。
「ねえ、本当にユキちゃんから連絡ないの?」
冬理が心配そうにそう言うと、晴也は「うーん」と少し考え込む素振りを見せてから頷く。
「俺から連絡しても返事ないんだ」
これは嘘だった。
1ヶ月程前から金曜日になっても牛尾家に夕飯を食べに来なくなった智幸に冬理や奈津香が連絡しても返信が来る事はなかった。
こうして晴也も返事が来ないと言っても誰も嘘をついているとは分からない。
そして、何となく事を察している冬理はそれ以上問い詰める事もなく、「また新しい女か!まったく!」と言いながら、同じように車に乗り込んだ。
「じゃあ、明々後日には帰ってくるから。戸締りちゃんとしてね」
「はーい。いってらっしゃい」
「ハルちゃんばいばーい」
「おばあちゃんからお小遣いもらってこいよ〜」
「はーい」
哲朗も穏やかに手を振り、黒いワンボックスの窓は閉められて、ゆっくりと走り出す。
見えなくなるまで奈津香に手を振りかえしてから、晴也は夏の匂いのする空気を吸い込んで玄関のドアを閉めた。
「わーい、好き放題できる」
朝方までゲームをしても怒られない日々の訪れに、晴也は胸を踊らせた。
とは言っても、結局部活があるのだから規則正しく生活しなければならないのだが。
使っていた調理器具を片付け、風呂に入り、0時までゲームをしたところで寝る事にした。
(まあ明日は入りが遅いんだけど、、10時からだから、9時に着いてればいいよな。7時に起きるか)
いつもは6時に起きている彼からすれば、1時間多く眠れるのはとても幸せだった。
戸締りを確認して湯沸かし器の電源を切り、テレビを消して2階へ上がる。
いつもは気にしない階段の軋みが、何だか家中に響いている気がした。
部屋に入り、ベッドに寝転んで薄手の毛布は避けてブランケットにくるまると、枕元に置いていたリモコンを探してエアコンの電源を入れる。
24℃に設定した。
(アイツ、大丈夫かなあ)
ゆっくりと目を閉じると、脳裏には憎たらしい泣き顔が浮かんだ。
(、、馬鹿だなあ、お前も、俺も)
寝返りを打って壁の方へ向く。
ため息をつくように息を深く吐いて、身体から力を抜いた。
どのくらいそうしていただろう。
玄関のドアが開く音がして、ぱち、と目が覚めた。
(え、、開いた?)
泥棒、、?
と一瞬、晴也の身体に緊張が走ったが、律儀に鍵を閉める音がしてその心配はさっさと過ぎて行った。
(、、ユキだ)
階段を上がる足音で、すぐに察しがついた。
「はあ」
甘えに来たな、と理解するまでにそう時間は掛からず、晴也はまた目を閉じて寝たフリを始める。
徐々に近づいてくる足音はまったく迷いなく晴也の部屋の前で止まると、音を立てないように静かに部屋の入り口のドアが開けられた。
「、、、」
と、と、と、と小さな足音が部屋に響く。
バレバレの気配はベッドに近付いてきて、晴也がくるまっているブランケットを持ち上げ、堂々とベッドに侵入してきた。
そうして、同じように寝転がりながら、壁の方を向いている晴也の背中に身体をピタリとくっつけて動きを止める。
「、、、」
「、、、」
どちらも何も言わなかった。
(暑い、、ウザい)
晴也は振り払いたくなってきた。
智幸の身体は晴也より大きく、そのせいで女の子と添い寝するのとは訳が違う程、肌が触れ合う面積が多いのだ。
べったりと背中に張り付かられて寝苦しい事この上ない。
「、、っ、、ハル」
おまけに泣いている。
(ハルって久々に呼ばれた)
もう半分眠いと言うのに。
明日もそれなりに早起きだと言うのに。
まるで成長も反省もしていない智幸の態度に、晴也は嫌気がさして思わず機嫌の悪いため息を漏らしてしまった。
「ハル」
起きていると分かって、泣き声は縋るような声に変わる。
情けなくて仕方がなく、晴也はそちらを絶対に振り向かないと言う態度で腹に回ってきた腕を拒絶した。
「っ、、ハル、ハル」
「、、、、」
(馬鹿だなあ)
まるで子供。
いや、赤ん坊だ。
ぐりぐりと背中に頭を擦り付けられると、どうにも気が緩んでしまう。
(甘やかしても、俺にいい事なんてないのになあ)
このどうしようもない馬鹿は、それでも「好きだ」と言えないのだ。
晴也は呆れながら、ゆっくりと身体を起こし、智幸の方へ向き直って寝直した。
「は、、る」
「よお、眠れないのかよ、馬鹿たれ」
1ヶ月と少しぶりに口を聞いた幼馴染みは、その瞬間にまたボロボロと涙を流し始める。
惨めにも程がある。
鼻水まで垂らし始めるから、仕方なく晴也はもう捨てようと思いながら寝巻きにしていたTシャツの裾を持ち上げて、涙やら鼻水やらをゴシゴシと拭いてやった。
「ハル、ハル、何で、」
「うん?」
「何でッ、、いらないって、言ったの、」
(ああ、そこまでは考えられたんだ)
思ってもみなかったほんの少しの成長に、晴也はキョトンとした。
いつもなら「そんな事知るか」「ふざけんな」「1人にしないで」と、そればっかり先に言うくせに。
「、、何でだと思う?」
「わ、かん、ないッ、分かんない、からっ、、怖い、ハル、うっ」
そうやってまた泣くから、またTシャツで拭いた。
もう着ているのが冷たい程に染みができている。
「はいはい、そこまでは考えられたけど、そこから先はまだなんだな。はいはい」
恐ろしく呆れながら、晴也はため息をついてまた目を閉じた。
「もういいから寝ろ。まだ騒ぐなら出てけ」
「何で、ハル、なんっ、え、、うっ、」
どうしてこんなにすぐ泣いて、そんなにグズれるのだろうかと心底呆れ、哀れみすら浮かぶ。
「どうしていらないと言われたのか」を考えようとするくらいには頭が回るようになってきたのだな、とも思うが、それ以上はやはり晴也の口から言うべきではない。
何で、どうして、と聞いてくるが、それは自分で考え、探して、見つけて欲しかった。
(まあ、頑張ったんだろうなあ、ユキとしては)
この1ヶ月、自分に会いにくるのも、連絡するのも我慢して。
何かに逃げながら、それでも確実に「ハル」と言うものを求め、探していた筈だ。
(ちゃんと大きくなれ。それができないなら、本当にいらない)
せめてこの1ヶ月頑張ったご褒美くらいはやるか、と。
晴也はもう一度ため息をついた。
「ユキ」
「あ、」
名前を呼ばれた嬉しさで、とうとう自分の着てきたTシャツで涙や鼻水を拭いていた智幸はバッと顔を上げた。
「ハル、、」
その目はあまりにも純粋にキラキラと輝いて見える。
「、、、ユキ」
晴也が濡れたTシャツをスルスル、とたくし上げていく。
「ッ、!」
胸元まで捲り上げると、胸板の上のピンク色の突起が智幸の目の前に現れる。
「ぁ、、、あ、」
仕方ないな、と言う顔をした彼を見て智幸の性器は痛い程に勃起した。
鍛え上げられた身体の、少しムチッとした胸板の上に少し大きめの乳輪が乗って、ピン、と立った乳首がある。
それをまざまざと見せつけられて抑えていられる程、智幸は我慢のきく男ではない。
「おいで」
その一言に、プツン、と理性の切れる音がした。
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