62 / 67
第61話「ハルと原田とこの先」
もちろん、と言う返事を飲み込み、光瑠は隣に座る原田を見た。
「勝手な事言わないで」
入学当時から真面目で頭が良く、どうして近くの壱沿江南高校ではなく学力が低く素行の悪い生徒が多い皆方高校にいるのだろうかと疑問だった。
原田とは、そのくらい彼らのクラスにとって異質の存在であり、由依が声を掛けるまで誰とも関わらずにひっそりと生きていた少女だった。
智幸達と連むようになってから笑顔は増えたがその分彼女自身の悩みも増えていただろう。
盛んにセックスをする彼らの日常や常識に馴染めず、それでも智幸への憧れは止まらない。
光瑠はずっと、彼女が可哀想でならなかった。
「、、原田」
智幸と付き合ったと聞いたとき、本当に良かったと思ったのだ。
それは、智幸といつも一緒にいるメンバーの誰しもが思った。
ずっと智幸に憧れていた原田と、原田には他の誰かよりも優しく接するように見えていた智幸。
お互いにとって1番良い相手と恋人同士になったのだなと。
けれど実際は違っていた。
智幸から晴也への異常な執着を目にした光瑠からすれば、誰に何を言われても揺らがず、堂々と笑う晴也との方が、確かに智幸は幸せかもしれないと感じていた。
例え、男同士でも。
それでも、ちらりとしか見えなかったが智幸の抱える何かしらの問題とそれによって引き起こされる不安定さを認識してしまった彼は、晴也の人を寄せ付けない空気を持った孤高の強さが、智幸には必要なのだと思った。
「ハルくんはトモくんと付き合ってなんかいない。気持ち悪いこと言わないで。私とトモくんが付き合ってるの。私たち男女が愛し合ってるのッ!!!」
晴也と比べて、見えていなかった部分を曝け出し始めた原田はあまりにも脆くて弱かった。
鼓膜を劈くような、高くて気持ちの悪い叫び声が部屋に響き、光瑠は顔を歪める。
光瑠は受け入れられたとしても、1番の被害者である彼女はそうではないようだった。
「傷付けたのは謝りたかった。ごめんね、本当に、俺とあいつのことに巻き込んで。でも少し行き過ぎてると思うんだけど、どう思う?」
けれどあくまで、晴也は冷静だった。
「は?、、出てってよ。ここは私とトモくんの家!!私たち家族の家なの!!ハルくんはもうトモくんに一生関わらないで!!近づいて来たら警察に通報してやるから!!」
怒号は家中に響く。
晴也は頭に響くその声にすら煩わしそうな表情は一切せず、困ったように穏やかに息をついた。
「うーんと、、どうどう巡りだな」
説得しようにも、彼女は晴也の話しの内容を決して理解しようとしない。
光瑠は痛ましいものを見つめながら、起きてこない智幸の事を考えていた。
(何でこんなにしちゃったんだよ、トモ。原田、別人みたいになっちまってるよ、、)
いや、元からこの部分を隠していただけなのだろうか。
とにかく、聡明で可憐で、少し自信のない彼女はもういない。
貪欲に智幸を求め、気に入らないものを蹴落とそうと言う醜い女がそこにいる。
真夏の夕方。
部屋の中は少しじっとりとしていた。
「じゃあ、ゆっくり聞いていこうかな」
「話してる暇なんかないの!!赤ちゃんが生まれそうなの!!出て行ってよ!!」
ガタン、と目の前にあったテーブルの縁に膝をぶつけながら立ち上がり、天板に手をついて身体を乗り出すと、原田は晴也の頭を掴もうと彼の顔へと手を伸ばした。
「原田さん、付き合ってるときユキに何された?」
「ッ、」
その一言に迫っていた彼女の手が晴也の顔の数センチ手前でピタ、と止まった。
「な、に、?」
「殴られたり、蹴られたり、そう言うのなかった?」
「何で、、知ってるの?ハルくんがやらせてたの?トモくんにッ、ハルくんが命令してたの!?」
見透かしたように自分を見つめるその冷たく潤う緑色の目に、原田は背筋を悪寒が走っていく気持ちの悪い感触を味わった。
ゾワ、と全身の毛穴が開き、鳥肌が立っていく。
「アンタがやらせてたのね!?」
伸ばした手で、バンッ!!とまた強くテーブルを叩いた。
どうにも整ったあの顔に触れることができない。
触ってはいけない何かに思えたのだ。
「違うよ。でもそういうことしてるのは何となく知ってた。違う子のときも同じようなことしてたみたいだから、、ユキの両親が海外行ってすぐの頃とかね」
自分の分のグラスを傾けると、カランと軽やかな音が鳴る。
氷は溶けて来ていて、6面の内の1面がボコっと窪んだものが何個かあった。
「全部アンタがやらせたんでしょ!?」
「違うよ。少し静かにしよう、ユキが起きる」
ゴク、と麦茶を一口飲み、落ち着いた声でそう言うと唇に右手の人差し指を押し付け、「しーっ」と小さな声で言う。
原田は目元をピクピクとさせながら、奥歯を噛み締めてそれを見ている。
「俺が聞きたいのはね、それで大丈夫かってこと」
グラスの中の氷に中指の先を付ける。
しばらく体温でそれが溶けるのを眺めてから、今度は爪の先で叩く。
コチコチコチ、と硬い音が鳴った。
「俺が身を引いて、貴女とユキがまた付き合う。ここに住む。結婚する。子供ができる。俺が言えばユキは全部原田さんが望むことを叶えてくれるけど、殴る、蹴る、とかそう言うの、死ぬまで続くけどいいの?って話し」
「はあ!?」
原田が声を荒げた。
「覚悟はできてますか?って聞いてるの。一生暴力振るわれて、子供も殴る、貴女の親も殴る、下手すれば殺されかけるけど、でもあいつのことは止められないし、俺との関係を完全に断つこともできない。でも貴女が選んだから逃げることもできない。それでいいって言う覚悟はありますか?」
光瑠はもうそれを聞いているのすら辛くて、ため息をついて膝に肘をつき、両手で顔を覆った。
ともだちにシェアしよう!