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7:香水
クリームパンを頬張る御子柴から、ふわりと嗅ぎ慣れない匂いが立った。
菓子パンの甘い香りではない、別の何か。俺は屋上のフェンスにもたれかかりながら、しげしげと御子柴を観察した。
「何か付けてる?」
クリームパンをまるで飲み物のように食べ進めていた御子柴は、一瞬きょとんとしていたが、ああ、と納得したように頷いて、学ランの袖を少しまくった。
「マネージャーに香水振られた。つっても手首に一吹きだけど。匂う?」
そういえば御子柴は今日、三時間目から登校していた。取材の仕事があったのだという。俺は御子柴の問いに首を振った。
「いや、今、気づいたぐらい。そっか、香水か」
「女性誌の取材だからとかなんとか言われて。それ、関係ある?」
御子柴としても香水はあまり慣れないらしく、大いに不服そうだ。自分の手首を用心深い犬のようにくんくんと嗅いでいる。
屋上にそよ風が吹いた。風下にやってくる香りは大人っぽい。甘さはそんなになくて、爽やかな感じもするけど、どこか落ち着いているような。本人は戸惑っているみたいだが、俺にはなんとなく目の前の人物に誂えたかのような、そんな印象を受けた。
「いい匂いだと思うけど」
そう言う俺を御子柴はちらりと振り返った。そしてクリームパンにとどめを刺すと、やにわに手首を俺の鼻頭に近づけてくる。俺はふんふんと鼻を鳴らしてみた。さっきよりも香りが濃く、深くなる。不思議といつまでもこうしていたくなるような匂いだ。
「気に入った?」
「あー、いや、お前は似合うけど。俺はな……」
「まぁ、いいからつけてみなって」
その香水を持っているのかと思いきや、御子柴は何を思ったか、俺の制服の袖をもまくった。そして手首と手首を擦り合わせる。
「何してんだ」
「お裾分け」
「こんなんで付くか……?」
「さぁ」
気の済むまで匂いを擦りつけた御子柴の視線に促され、自分の手首に鼻を近づける。驚くべきことに、うっすらとだが香水が移っていた。
さっきまで御子柴の肌にあった香りが、自分からも匂い立つ。俺はなんだか落ち着かなくなって、もぞもぞと足を組み変えた。
隣で御子柴がふっと苦笑する。
「俺たち、同じ匂いになっちゃったね、水無瀬クン」
「……だからなんだよ」
「いやぁ、マーキングってこういう風にするのかと」
ちょうど飲もうとしていたアイスカフェオレが気管に入った。
苦しげに咽せて、涙目で睨む俺など意にも介さず、御子柴は打って変わって満足げに自分の手首を嗅いでいた。
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