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6:押しに弱くてすぐ照れてツンデレ

「——ぶっちゃけ、御子柴くんって彼女いるの!?」  一日の初めの休み時間に、唐突な声が教室中に響き渡った。  質問の内容と相手にクラス中が騒然となる。  爆心地は教室中央やや後ろ寄りの席だ。爆弾の名前は目乙木咲良(めおとぎさくら)。長い髪をツーサイドに分けてお下げにし、赤い縁のメガネをかけている女子だ。新聞部の現部長で絵に描いたような記者魂という名の強烈すぎる好奇心を胸に抱いているとかなんとか。  目乙木はホームルームで配られたばかりの、三者面談の開催を報せるプリントを丸めて、即席のマイク代わりにして御子柴に向けている。いきなり攻撃を受けた御子柴は、黒目がちの双眸を瞬かせていた。  俺はというと、爆心地から遠い教室の端にいた。設楽に借りていたアメリカンヒーロー映画のブルーレイを返していただけだったのに、突然の爆風に煽られ、目を丸くする。  四十人をくだらないクラスメートの視線が一斉に御子柴へ突き刺さる。だがそこはさすがにプロピアニスト。演奏中、何百人という観客に注目されることに慣れている御子柴は、痛くも痒くもない様子でさらりと微笑んだ。 「ひみつー」 「いるじゃん。絶対、いるやつじゃん」  次の瞬間、クラスの実に半分以上の生徒が御子柴に押し寄せた。「え、お前、彼女いんの!?」「うそうそ、嘘でしょ?」「いつから?」「どこの誰?」「天野ちゃん!? 天野ちゃんだろ!」「ち、違うよ!」——阿鼻叫喚、地獄絵図。御子柴の後ろの席である俺は、一瞬にして帰る場所を失った。 「えっぐいなぁ、目乙木……」  あっという間に人垣が形成されていくのに、設楽が端整な顔を引きつらせている。一方の俺は別の意味で顔を青くしていた。  そんな俺の焦燥など露知らず(いや、あいつのことだ、察しているのかもしれないが)御子柴は呑気に答えた。 「そういった質問は事務所を通してくださーい」 「マジのやつじゃん」  目乙木が不服そうに言う。さすがの新聞部部長も大手音楽事務所に突撃する勇気はないらしい。 「じゃあ、質問を変えます。好きなタイプは?」  人垣の中にいた女子が殺気立つのを肌で感じる。  例のお決まり文句で躱すかと思いきや、御子柴は「うーん」と唸った。 「髪はショート。染めてないけど自然な茶髪で、ちょっと猫っ毛?」 「ふむふむ」  目乙木がスマホに何やら打ち込んでいく。あ、あいつ、普通に答え始めやがった! しかもバカみたいに具体的に! 「クール系? 可愛い系?」 「可愛い系」 「頭の良い子か、スポーティな子だったら?」 「そこはあんまりこだわらない」 「おしとやかと活発」 「まぁ、目立たない方、か……?」 「家庭的な方がいい? お弁当自分で作ってくる子とか」 「いや、むしろ毎日購買のパン食ってる子」 「二人っきりで過ごすならどこがいい?」 「学校の屋上とか」 「珍しい嗜好だね」 「そうかな、普通じゃん?」  御子柴が質問に応じる度に、周囲が一喜一憂する。前髪の下で大粒の汗をかいている俺の横で、設楽が小さく吹き出した。 「え、どした?」 「いや。うちの女子にはいないけどさ、水無瀬なら全部当てはまるんじゃと思って。購買のパン食ってるし、御子柴と屋上によく行くみたいだし」  心臓が口から飛び出そうになった。俺は乾いた笑いを浮かべる。 「あ、あはは……設楽でも冗談言うんだ……」 「高牧ほどじゃないけどな」 「あいつは、ほら、あれ、天然だから」 「そっか、冗談言ってるつもりないのか」  なんとか話題の逸らすのに成功した俺は、今は隠れて見えない御子柴を人垣越しに睨み付けた。 「性格は?」 「頑固なくせに、押しに弱くて、すぐ照れて、でも素直じゃない。ツンデレ? みたいな」  おおお、お前えええぇぇぇ、俺のことそんな風に見てたのか! ……や、でもタイプってだけだし、俺のこととは限らない、よな。  そこへ休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。聞き慣れた響きが、今の俺には天使が吹くラッパの音に聞こえた。区切りがついたと言わんばかりに、御子柴がぱんぱんと手を叩く。 「はい、これ以上は当人のプライベートな問題なので、お答えしかねまーす」 「ワイドショーでよく見るやつじゃん」  人垣が崩れ、クラスメート達はわらわらと各々の自席に散っていく。ようやく俺は教室の隅を離れ、自分の椅子に座ることができた。  ほどなくして国語教師がやってくる。森鴎外の『舞姫』が載っているページを開いたところで、御子柴が肩越しに振り返ってきた。  その口端はにやりと吊り上がっている。俺は頭にきて、机の下から御子柴の椅子の足を蹴った。「いてっ」と呟きながらも、その笑みが絶えることはなかった。

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