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第19話 「転生して初めて感じた人の温もり」

 なんか気まずい雰囲気にしてしまった。  さっきからエルも口を閉ざして、俺の方を見ようともしない。  でも、この線引きだけはちゃんとしなきゃいけない。ここだけは守らないとだけなんだ。  魔王じゃなかったら、お前と一緒にいられたかもしれないけど。だけど残念ながらそうはならなかった。 「……なぁ、イオリ」 「ん?」 「隣、座ってもいいか」 「は!?」  コイツは話を聞かなかったのか。今の話でどうしてそうなる。勇者ってバカだったのか?  エルは俺の返事を聞かず、一人分の隙間を開けて隣に座ってきた。  マジで何を考えてるんだ。全然読めない。意味が分からない。それとも、これがこの世界では当たり前なのか。 「大丈夫、何も考えてない訳じゃない」 「そ、そうか……」 「確かに俺は勇者だ。だけど、今は違う。今はただのエイルディオン。お前はただのイオリだ」 「……でも」 「分かってる。ここを出たら俺は勇者だし、お前は魔物だ」  割り切った上で、ってことなのか。  まぁそれならいいんだけど、後でツラくならないのか。  ああ、いや。そうか、それは俺だけか。  こいつにとって俺は物珍しいだけの魔物であって、好意を抱いてるのは俺だけだ。  一緒にいてほしいなんて言ってくれたから、勘違いしそうになっていた。ツラいのは俺だけじゃん。  ここを出たら、そこで終わり。それまでの関係。この洞窟の中だけの関係。 「……だったら、いいんだ」 「ああ。大丈夫だよ、俺はちゃんとお前を殺すよ」 「そうか……」  自分で言ったくせに、その言葉が俺の胸に刺さる。  それでいいのに。そうでなきゃいけないのに。  迷っているのは、俺だけなんだな。 「でも、今はいいんだろう? 俺は今この場所、イオリの前だけで、勇者じゃなくていいんだろ」 「お、おう……」 「じゃあ、もうその話題はやめよう」 「……わかった。悪かったな」 「いや、いいんだ。大事な話だからね」  よく分からないけど、なんかエルの言葉に圧を感じたから俺はそれ以上は何も言わないことにした。  俺が気にしすぎてるんだろうな。俺はこれ以上踏み込んだらこいつを殺すための意志が鈍りそうになる。でもエルは違う。勇者として魔王を殺すことに躊躇うことはない。  今の俺は見た目も違うし、きっと魔王として対峙したときも気付かないまま戦うことになるんだろうな。  だったら気を付けないといけないのは俺だけか。まぁ魔族のみんなを裏切って俺はここにいるんだ。それくらいの戒めは当たり前だ。 「なんか、難しく考えてた俺がバカみたいじゃないか」 「真面目に考えてくれたんだ。イオリは優しいな」 「優しくねーし……」 「優しいよ。俺を思って言ってくれたんだろう。やっぱりお前は、変わってるな」  変わってるのはお前もだろ。  それに、お前だけのために言ってるわけじゃない。これは俺のために言ってる。俺は少しも優しくない。  自分勝手な魔王なんだよ、俺は。 「イオリ。俺は君に会えて、ようやく息を吸えたような気がするんだ」 「……何だよ、急に」 「ずっと息苦しかった。でもあのとき、イオリが倒れた俺を介抱してくれて、俺の価値観を改めさせてくれた。感謝してるんだ」 「だ、だから何だよ……」 「あの時のこと、ちゃんと礼を言ってなかったと思って。助けてくれてありがとう」 「ど、どういたしまして……」  恥ずかしい。エルの言葉は直球すぎて、どう受け止めていいのか分からない。何度も言うけど前世での俺はいじめられっ子のコミュ障だったんだぞ。人付き合いなんてロクにしてこなかったんだから、もう少し言葉を選んでほしいものだ。 「イオリ、すぐ顔に出るね」 「うるさい、見るな」 「そういう素直なところ、良いと思う」 「うるせーっての! 俺もう帰る!」  俺は立ち上がり、洞窟を出ようと出口へと進んだ。  もう耐えられない。恥ずかしい。それに遅くなるとリドが心配するかもしれないし、これ以上は俺の心臓も持たない。 「それじゃあ、またな。お前もさっさとやること終えて次の街にでも行けよ」 「……ああ」 「それに、仲間も作れよ。面倒かもしれないけど、一人で冒険するよりいいと思うぞ」  この近くの村に仲間になる魔法使いの女の子がいたはずだ。その子の方が優しいし、人気もあったキャラだからコイツも気に入るだろ。好感度上げればその子との結婚エンディングも用意されてるし、その方が良い。まぁ俺がコイツ倒さなきゃいけないから、そのイベントにはいけないんだけど。 「待って」 「え」  振り返る間もなく、俺は背中から抱きしめられた。  何。何が起きてるの。頭の中が真っ白で何も考えられないんだけど。  背中に人の体温を感じる。  頭にエルの息がかかる。  心臓、バクバクいってて痛い。  わかんない。分かんないよ、なんでこうなってるの。 「仲間なんていらない。俺は一人で戦う。一人で、君ら魔物と戦う」 「……」 「君を殺すのは、俺がいい。俺じゃなきゃ嫌だから」 「……そうか」  肩に回された腕に力が入った。  お前の覚悟は分かったから、とにかく話してくれないか。俺、今にも死にそうなんだけど。心臓が飛び出しそうなくらい脈打っててヤバいんですけど。お前が今どんな顔してるのかも見えないし、何考えてるのかさっぱり分からないし。  俺の鼓動、エルに伝わってないよな。俺がメチャクチャ緊張してるの知られたら恥ずかしいし、魔王として情けなさ倍増だし、次会うときどんな顔すればいいのか分かんなくなるし。 「……なんでだろうね。君と、初めて会ったような気がしないのは」 「気のせいじゃないのか……」 「そうだね。そうかもしれない……でも、君の近くは落ち着くんだ」  俺は落ち着いてない。何一つ落ち着いてない。俺の人生の中で一番落ち着いてない。電車に引かれたときより落ち着いてない。  この場から逃げ出したいけど、体が固まって動けない。腰抜けそう。足が震える。  落ち着け。バレないように深呼吸しよう。息を吸って、吐いて。また吸って、吐いて。  駄目。エルが離れてくれなきゃ落ち着けない。 「……イオリ、大丈夫?」 「なにが……」 「震えてるから」 「気のせいじゃないのか」 「ドキドキしてる」 「気のせいだってば」 「体も強張ってるよ」 「気のせいって言ってんじゃねーか……」 「可愛いんだな」  何言ってるんですか、この勇者。魔物捕まえて、可愛いとか。頭おかしいよ。  本当に早く離してくれませんか。マジで無理だから。男子高校生の純情を弄ばないでくれよ。 「あの、さ……」 「うん?」 「いつまでこうしてるんだよ……」 「嫌?」 「嫌とかじゃなくて、意味が分かんない……」 「俺も、よく分からない。何故かこうしたいと思った」 「……離せよ」 「……また、ここに来てくれる?」 「……約束、したから」  そう言うと、エルはやっと腕を解いてくれた。  俺は後ろを向く勇気がなく、今の自分の顔を見られたくないのもあって、すぐさまその場を離れた。  一刻も早くこの場から離れたい。洞窟を出て速攻転移魔法を発動して、部屋に戻った。  顔、熱い。  心臓、痛い。  このままじゃ、勇者に殺されるかもしれない。  俺の心臓、マジで破裂しそうなんですけど。

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