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第24話 「はじめてのキス」

 初めて触れた、人の唇の感触。  なんでエルが、勇者が魔物相手にキスするなんて理解できない。  できない、けど。  今の俺に、コイツを突き飛ばすことも出来なかった。 「……ん」 「イオリ……」 「っ、ふ……」  エルがさらに唇を深く押し当ててきた。  俺、前世とでも誰かとキスなんてしたことないんだけど。まさか初めてのキスが魔王になって勇者とだなんて誰に予想できるよ。  本当なら、止めなきゃいけない。俺はコイツに釘を刺したはずだ。それなのに、なんでコイツは必要以上に踏み込んでくるんだ。 「は、っ……」 「止めない、のか……?」 「っ……や、め……」 「本気で言ってないなら、やめない」  エルは俺の腰に腕を回し、きつく抱きしめてきた。  今の俺とエルの身長差じゃ、腕の中から抜け出せそうにない。力も入らないし、何も考えられない。 「可愛い、イオリ……」 「う、るさ……」  キスの合間に、余裕そうに笑ってるコイツに腹が立つ。  俺は初めてで何一つ余裕ないのに、エルはもう経験済みなの? それとも、もう一人のお前の方が経験豊富だから、コイツにもそういう知識が身に付いてるとか?  どっちにしても、ムカつく。俺ばかり焦って、困ってて、コイツに振り回されてばかりだ。  エルは俺の逃げ道を塞ごうとしているのか、頭を抱えるように腕を回してきた。腰と頭、両腕でしっかり俺を抱えて、夢中で唇を貪ってくる。俺の吐き出す息ごと食らいつくすように。 「はぁ、ぁ……え、る……」 「君が……魔物じゃなかったら、きっと素直になれたかもしれない……でも、君が魔物だったらから、俺らは出逢えた……」 「……っ、なに言って……」 「だから今は、こうすることしか出来ない……思いを伝える手段が、今はないんだ……」 「……お、まえ……」  キスの合間に呟いてくる。エルは、本気なのだろうか。このキスがそういう意味だと捉えていいのか。  でも、俺はそれを本気に取ることはできない。  俺はただの魔物とは違う。見逃しておけるような存在じゃない。  俺はお前が殺さなきゃいけない相手。  お前は俺が殺さなきゃいけない相手。 「……駄目だ、勇者……」 「……っ」 「もう、離せ……勇者」 「……っ、今は違う!」 「んぅっ!!」  感情をぶつけるように、エルは再び唇を重ねてきた。  だけど、さっきまでとは違う。激しく貪ってくる。  やめろと制止しようと俺が口を開いた隙間に、舌が割り込んできた。今まで感じたことのない感触に俺は体が強張った。知らない生き物が口の中で動いてる。俺の舌を絡めとって、耳を塞ぎたくなるような水音を立ててくる。  嫌だ。背中がぞわぞわする。他人の舌の感触なんて、当たり前だけど知らない。柔らかくて熱い何かが口内を這い回って、掻き乱していく。  知らない感触なんて気持ち悪くて仕方ないはずなのに、俺の頭の中は思考も理性も何もかもが溶けてるみたいだ。快楽に、逆らえない。 「ん、ふ……」  自分のものとは思えないような声が勝手に出てくる。  その声が出てしまうたびにエルは嬉しそうに微笑んで、もっともっと深いキスをしてくる。舌の動きが激しくなっていく。  俺の反応を面白がってる。全身がびくびく跳ねて、コイツのキスに喜んでいるみたいに震えてしまう体が嫌だ。  キスされてるだけなのに、体中が痺れてるみたいに肌がチリチリしてる。ちょっとコイツの腕が動いただけでも体は過敏に反応してしまう。 「は、ぁっ……ん」 「っ……イオリ……イ、オリ……」  口の端から唾液が零れていく感触が肌を伝う。口が閉じれないから飲み込めない。呼吸もまともに出来ない。  これがコイツの作戦だとしたら、間違いなくここで殺される。もしかしたら、こうやって俺を油断させようとしてるだけなのかもな。  だとしたら、完全に俺の負けだ。 「……ゆ、しゃ……」 「名前……呼んでくれ」 「っ、ダメだ……勇者……もう……」 「イオリ……」  必死に、今俺ができる抵抗をする。  気をしっかり持て。俺は魔王だ。油断したらダメだ。  とは言っても、全身の力が完全に抜けてる。初めてのキスにしては刺激が強すぎる。このままエルに腕を離されたら、暫く立ち上がることは出来ないかもしれない。 「……まだ、約束のときじゃない」 「……っ」 「俺は、まだあの街にいる。まだ、まだ……」 「……わざと、じゃないだろうな……」 「そんなことはない。まだ頼まれていることが残ってる」 「なら、さっさと終わらせろよ……」 「ああ……ちゃんとするさ。俺は、勇者だからな」 「なら、いい……早く離せ、エル……」 「そうだな。……いや、お前が立てるようになるまで、こうしていたい」  腰が抜けているのに気付かれていたようだ。  エルは腕の力を少し緩めて、そっと腰を抱くように姿勢を変えた。  俺はそのままエルに寄りかかって荒れた呼吸を整えた。  こんなところ、誰かに見られたら即アウトだ。このダンジョンが誰も来ないような場所で助かった。 「……なぁ、イオリ」 「何」 「多分、次に会うのが最後だ」 「……そうか」 「そうしたら、俺は別の街に行く。北にある都市に魔物の被害に遭った人たちがいるらしいから」 「……ああ」  魔物の被害、か。  俺もリドから他の魔物達がどうなってるのか聞いておこう。基本的にこちらから手を出すことはないとはいえ、その魔物達がどうなっているのか状況を確認しておく必要はある。縄張りに侵入されたから人間を襲っているのか、それとも別の理由か。  俺は魔王として世界を手に入れる。その為に色々と知っておかなきゃいけない。 「イオリは俺が憎くないのか」 「え?」 「俺は魔物を退治している。お前の仲間を殺しているんだ」 「……それは、お互い様なんじゃないのか。どんな理由があったにしても俺だって人間を……」  俺じゃなくて、魔王がだけど。  でもいずれは俺だってそうなる可能性もある。全くの犠牲も出さずに人間達を支配するなんて無理だ。 「俺は、魔王を倒す」 「……ああ」 「そのとき、お前が立ち塞がるというなら……俺はお前を殺すしかない」 「そうだな」 「魔王さえ倒せれば、俺は他の魔物はどうでもいいと思ってる。王がいなくなれば統率を失い、戦意も削がれるだろう」  そうかもしれないな。俺が倒されるということは、他の幹部も同様だろうし。 「出来れば、お前には身を潜めていてほしいと思う」 「ダメだろ、勇者が一人の魔物を特別視したら」 「……分かってる。だけど、だけど……」 「俺は、魔王を倒させるわけにはいかない。だから、俺はずっとお前の敵だ」 「……そうか」  なんでエルがこんなに俺にご執心なのかは分からないけど、ちゃんと覚悟してくれよ。  だけど、大丈夫だ。お前の前に現れるとき、俺はもうこの姿じゃない。そしたら、心置きなく戦えるよな。

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